2018-03-08

乗車中の出来事

取引先に行く用事があり、何度か昼過ぎ電車に乗っていつもと違う所へ行くことがあった。

結構離れていることもあり、1時間近く乗ることになる。

当時はまだスマホがなかったので、事前に地図を見て降り口を確認していた。ちょうど先頭車両に乗るとよいことも調べていた。

そして、この際だからシリーズ小説を鞄に入れて、通うことにした。

時間帯が時間帯なので人は少なく、のんびりと入り口横の座席に座って小説を読んでいた。

座席は埋まっていたが、立っている人はそれほど多くない程度だったと思う。少なくとも、自分の前に人が立つことは無かった。

そうして数十ページ読み進めていると、入り口近くで「あ、すいません」と男性の声がした。

顔を上げると、女性男性が謝っている。

何かの拍子でぶつかったりしたのだろうと思い、また小説世界に戻った。

別の日のことである

同じような時間座席に座って小説の続きを読んでいた。

また「すいません」という声がした。

見ると、男性女性に謝っていた。

女性は胸に手を当てて「いえ……」と言いながら、位置を少し離れた。

男性携帯を持って、頭を下げて、やはり、少し位置をずらした。

自分も乗車中に携帯が鳴ってしまい、慌ててジーンズポケットから携帯を取り出そうとした時、女性の胸に肘を当てたことがあった。

多分、似たようなことだったんだろうと思い、いたたまれないよなぁ、と二人に同情しながら、文面に目を落とした。

また別の日のことである

小説は次の巻に移っていて、鞄の中は多少軽くなっていた。

「すいません」と声がした。

顔を上げた。

ほぼ同じシチュエーションで、女性は違っていた。

男性は同じ人だった。

同じように二人は少し離れて、吊革を掴み直していた。

また小説を読もうと顔を下げたが、気になって、文章が頭に入らなかった。

顔を軽く上げて、男性横見した。

まだまだ若く、スーツを着て、少しはねた髪の毛をいじっていた。

ぼんやりと見ていたが、特に何をするでもなく、予定の駅に着いたのでそのまま降りた。

次の日のことである

その日は雨が降ったからか、多少混んでいた。

座席は埋まり入り口前だけでなく、座席前の吊革につかまっている人もいた。雨の臭いが少し、社内に漂っていた。

傘を持っていたので、この時は本を読んでいなかった。

鞄を膝に載せて、吊り広告週刊誌見出しを眺めていると、「すいません」と声がした。

横を見ると、男性女性に謝っていた。

女性は別の女性で、男性は同じだった。

昨日と同じように二人は少し離れ、女性はすぐ着いた駅で降りていった。

男性自分座席のすぐ横で手すりを掴んでいた。

「大変ですね」と声を掛けていた。

男性はすぐは自分に声を掛けられたと分からなかったようだが、目を瞬かせて、少し落ちつかなげに、「あ、はい」と答えてくれた。

自分経験ありますが、いたたまれなくなりますよね」と話した。

「そうですね」と答えた。

「昨日も見かけたんですよ」と話した。

「そうですか……」と答えた。

それからは何も話さなかった。

男性は次の駅で降りていった。

自分はそのまま乗り続けて、目的の駅で降りた。

それからすぐ、その電車に乗ることはなくなった。

仕事が別の人に移っていったからだった。

何度か同じ車両に乗ったものの、同じシチュエーション出会うことはなかった。

男性を見かけることもなかった。

小説は読み切れず、自宅で読んだ。

数日前、その電車に十年程ぶりに乗った。

駅は見違える程綺麗になっており、入り口や出口なども変わっていて、多少迷った。

それでもなんとかたどり着き先頭車両場所電車を待っていると、足下にピンクの目印が目に入り、ひとつ後の車両の方へと移っていった。

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