2017-06-04

満猫電車

私は人間だ。電車通勤している。

朝の電車では、乗客の4割ほどが猫だ。

ふわふわの毛。一匹一匹違う模様。丸い大きな目。ピンと伸びたひげ。

空いていれば吊り革に掴まっている肉球も、満員の車内では届きようもなく、所在無げにペロペロされるのみだ。

猫は人間人間の間に縦に挟まっている。お腹の毛並が脇からからだの中心に向かって伸び、胸元でぶつかってはねている。細い柔らかそうな毛だ。6つか8つかある乳首は埋もれて見えないが、毛のへこみでなんとなく位置がわかる。そんな体を惜しげもなく晒して、猫は電車に乗っている。

私はつい、猫の後ろに立ってしまう。

真っ白いお腹と違い背中は茶の縞模様。艶やかな毛並みはまっすぐしっぽに向かっている。一本一本生えている毛が少しずつ色を変え、見事な模様を描いている。私はこの模様が不思議で仕方ない。

電車が揺れた。猫は少しバランスを崩し、後ろに立つ私に寄りかかってすぐに離れた。いい匂いがした。猫とは何故こうもいい匂いなのだろう。

私は誘惑に負け、手の甲をそっと近付ける。背中を向けている猫だがしっぽは付け根で下を向き、Uの字を描いて上に伸びている。そのしっぽの中程に軽く触れた。

ふわっとした感触とともに、ぴくっ、と跳ねたしっぽは私の手を避けるように動く。

続けて手の甲を押し付ける。ぴくぴくっ、と逃げたしっぽはゆらゆらと揺れる。

猫の耳が気持ちこちらを向いている。

威嚇はしてこない。人馴れしているのだろうか。しつこくしっぽを追い続けると、しっぽは困ったように、私の体をパタパタと叩いた。

まらなくなった私は、手の甲で脇腹をなぞり始める。ふわふわのつるつる。柔らかくて暖かい

お腹の毛も触りたい。できることな上下に思いっきり撫で回したい。が、そこまですると噛まれるかもしれない。言い訳がきくよう手の甲で慎重に撫でる。

だいたい、猫が電車に乗っているのが悪いのだ。私は日々の仕事に疲れきっていた。ストレスで肌も荒れて、鏡に映るのは醜い中年可愛い猫が心底羨ましい。毎日魅力的な毛並みをふわふわさせて、しっぽを揺らして、横に並べばピンと伸びたヒゲが当たる。そんなの触るなと言う方が酷だ。

最近は猫専用車両なんてものもある。間違ったふりをして乗ってしまおうかと何度考えたことか。猫で満たされた車両なんて天国に違いない。

モフモフしたい。思いっきりモフモフしたい。撫で撫でして、プニプニして、にゃんにゃんしたい。猫欲は本能なのだ。抗えない。

しっぽの先端をつつこうと一瞬手を離した時、隣の人間が身じろぎ、鞄が猫に当たった。

「シャーッ!」

ついに振り向いた猫はそのまま隣の人間に飛びかかった!

「なんですか!やめてください!」

なんと、猫は隣の人間犯人と思ったようで、噛みつき、ひっかき、車内は騒然とする。

駅に着き、駆けつけた駅員が人間を押さえつける。

「いやね、痴人よ」

誰も私が犯人だと知らない。そそくさと場を離れる。

容疑のかかった人間は「私は猫アレルギーです、ティッシュを取ろうとしたんです」と必死に弁解していた。

私は袖についた猫の毛をはらい、思う。

やっぱり白茶は気が強い。触るなら黒猫だな。と。

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