2017-04-02

おはようおじさん

月に一度あるかないかの頻度で、通勤中に遭遇するおじさんがいる。

30代後半だろうか。青い企業ジャンパー作業ズボン工場(こうば)のおじさんに他ならない。

私がのっそり歩いて会社へ向かっているとき、彼は追い越しざまに「おはようございます」とあいさつをする。こちらを向き、キリッとした口調で。

今時珍しい人だ。知らない人に声をかけるだけで「事案」にされる世の中で。

最初は、同じ会社の人だと思った。工場併設で、正社員から期間工派遣まで様々な作業服を身につけた人々が昼夜働いている。おじさんもそうなんだろう、おはようございますと私も返した。

おじさんはとても歩くのが早い。信号に引っかかった私を後に、おじさんはどんどん歩いていく。

ある朝もおじさんは「おはようございます」と、格式張った様子であいさつした。私もおはようございます、と返した。

この日、おじさんは同じ会社の人ではない事に気がついた。入り口を素通りし、そのまま行ってしまった。

またある朝も、おじさんは「おはようございます」と言った。私は会釈した。

同じ会社の人ではない、では色んな人にあいさつする人なのかなと考えた。しかし様子を見た限り、すれ違う老若男女だれにも声をかけなかった。

また違う朝も、おじさんは「おはようございます」と言った。私は会釈も返さなかった。わからないのだ、おじさんの目的が。

もしかして毎日私が提げているランチバッグが目についたのだろうか。国民キャラクターがあしらわれた、年甲斐なくかわいらしい派手なバッグだ。

そこそこ愛用したために穴が開きかけており、これも機会と買い替えた。やはり派手な色なのは好みだからしょうがないが、絵のないデザインにした。

新しいランチバッグに変えてから初めておじさんに遭遇した朝、おじさんはあいさつしなかった。チラッとこちらを見ただけだった。やはりランチバッグが興味の対象だったんだろうか。

派手なランチバッグが手に馴染んだ頃、おじさんが追い越しざまに「おはようございます」と言った。変わらず、真面目な様子でしっかりこちらを見て言うのだ。ランチバッグ以外で個体識別したらしい。私は会釈もしなかった。

あいさつをもらったらあいさつを返すのが、模範的行為だろう。人付き合いの基礎だ。わかるよ、わかるがあのおはようおじさんに、私はおはようを返さない。不安だとか謎だとか、そういう不確定要素が最大の恐怖なのだおかしな話だ。ただおはようと言ってくるおじさんが恐怖。じゃあ容姿美麗な青年が同じ行為をしてきたらどうか、それでも不確定要素に変わりないのだから恐怖だろう。

通勤時間や順路は、諸事情で変えようがない。だから確率問題だけで、おはようおじさんに追い越される。

遭遇しない事が最適解。ただのあいさつするおじさんに遭遇しない事が最適。あいさつは犬でも猫でも大事な生きる基本。矛盾じゃないか

冷静に考えておじさんはいい人じゃないかクソッタレは私じゃないか。おじさんは悪ではない。しかし私はおじさんにできるだけ遭遇したくない。

明日月曜日だ。いつもは徒歩通勤から、時たまおはようおじさんに追い越される。しか明日仕事の都合上、車で出勤する。だからおじさんに追い越される事はない。翌火曜日は徒歩だから、追い越されるのかもしれない。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん