聖痕を読んだ。氏の小説をそれほど多く読んでいるわけじゃないから的外れなのかもしれないけど、比較的綺麗な筒井康隆が楽しめる作品だったような気がする。
とはいえ、描かれている作品の設定は結構深刻。主人公である貴夫はその美貌ゆえに齢五つにして暴漢に襲われ性器を切り取られてしまうのだから。
要するに幼くして無理やり去勢されてしまうんだけど、ホルモンなんかの関係で却って生来の美貌が高まることになってしまって、波乱万丈な人生を送ることになる貴夫少年は幼少期から様々な困難に見舞われていく。
こんなような物語の立ち上がりと、裏表紙にあるあらすじがエロスを強調していたのと、独特のちょっと読みにくい文体とが相まって、後半にはおどろおどろしい展開が待ち構えているんじゃないかと最初は思わされてしまった。
結果としてそういう読後感を味わう羽目にはならなかった。むしろ明るい家族小説を読み終えた気分。物語の終わり方から漂ってくる余韻は、結局のところ人間賛歌になっているような気がした。
登希夫の成長や、自らの出自を知った瑠璃と夏子が対面する場面、津波に襲われた子供たちの声が消えこたときの貴夫の思いや、被災地での運命的な再開など、後半はドラマチックな場面が盛沢山だった。
ずっと旅のラゴスに似ているなと思って読んでた。旅のラゴスが一人の男の貫徹した人生を描いていたのに比べて、聖痕はひとつの家族と彼らに関わった人々の泥臭い人生を描いていたように思う。
性器を失い、根源たる欲を欠いた貴夫の周りで、人々は愛おしいほど欲にまみれて大らかに生きていたもの。
あとがきに描かれていた、なぜ去勢されている主人公を題材として選んだのかとか、年齢や物語の年代のことについてはよくわかんなかった。最後の金杉君の長台詞にメッセージがあるのかな。よくわかんない。