どうせちゃらちゃらした恋愛物語を見せられるのだろうと思いつつも、あんまり評判がいいから見に行ったが、実にすばらしかった。
新海誠はデビュー作の『ほしのこえ』だけ見たが、この作品もこれと似たところがあった。「時をこえる」というのが彼のテーマなのだろうか。
本作は、ある村に隕石が落ちて大勢の死者が出るのだが、それをある事情から主人公は事前に知ることとなる。隕石が落ちる前に村民を避難させられるか、というのが大きなテーマの一つである。これはおそらく東日本大震災の影響を受けているが、ぼくはそれより思い入れの深い、先の大戦のことを思い出していた。東日本大震災であれば地震が起きる前に、先の大戦であれば空襲や敵の攻撃の前にそれを伝えて、人々の命を救うことができるかということである。あるいは、もっと個人的な物語を思い出す人もいるかもしれない。
結局村人の避難は成功するのだが、そのために尽くした人のこと、自分が尽くしたことは、「夢」のように忘れてしまう(詳しくは映画見て)。東日本大震災での人命救助、復興のために尽くした人のことや、先の大戦で国難に殉じた人々のことを忘れることと似ているかもしれない。
一点気になったのは、主人公の男女二人が「好きだ」という恋愛のことばを用いるところである。彼らはしばらくの間、こころとからだが入れ替わった時期がある。そのことによって、そして何よりヒロインと彼女が住む村の人々の命を救うための共闘によって、互いの心は強く結びついている。それは確かだが、それが恋愛に発展するシーンは描かれておらず、むりやり恋愛の要素を入れたようにしか思えなかった。恋愛でなくても、人と人とが強く結び合うことはできるし、村人とヒロインの命を救うための戦友としての魂の結びつきを描けばじゅうぶんであったように思われる。『シン・ゴジラ』で庵野が、恋愛要素を入れろという圧力に屈せず、男女がゴジラから日本と世界を救うという仕事の一点で協力する様を描いたが、本作もそのように、必ずしも恋愛に基づかない男女の関係を描くことができたらおもしろかったのではないかと思う。