2016-01-09

もう一度フェミニストの皆さんには弱者男性性的少数者について考えて欲しい

考えたくないのはわかる。これは少なくとも直接にはあなた方の目標には関係しない、無駄なことのように思われるだろう。

が、これらを考えないために用いるあなた方のロジック女性保護に対して致命的な欠陥を持つ。ドイツでの性暴力事件でそれがわかった。そのことを伝えたい。

 

「同じ弱者同士だからといって必ずしも連携する必要は無い」

「お互いの足を引っ張るのはやめたほうがお互いの為」

正しい。まさにその通り。

ではこれをドイツで起きた性暴力事件に重ね合わせてみよう。

加害者のうち何割かは、加害者であると同時に弱者でもある。難民だ。

例えば彼らに女性差別的な暴力をやめろと言ったとしよう。

「同じ弱者同士だからといって必ずしも連携する必要は無い」

「お互いの足を引っ張るのはやめたほうがお互いの為」

といった答えが返ってくる。

どうするか?

 

もちろんこの場合ただちに通報すればいい。法が裁いてくれるだろう。

しか問題はそれがドイツから裁かれる(だろうと期待する)だけで、元の国ではそれは自明でないこと。

まり彼らの国では

「同じ弱者同士だからといって必ずしも連携する必要は無い」

「お互いの足を引っ張るのはやめたほうがお互いの為」

といった言葉が通用してしまう可能性があること。

 

もちろん、こうした議論にはすり替えがある。

というのは私が例として出しているのは「加害者」であり、フェミニスト代表される女性たちは(一部を除いて)積極的弱者男性性的少数者攻撃していない=加害者ではない。

彼女らが提案しているのは端的に言って「互い被害無視」であり、そのうえで、まぁできるところでは応援し合うくらいが妥当ではないか、ということ。

もちろんだから、このロジックに乗っかって弱者男性性的少数者女性差別被害を「無視」することができる。

無視」。つまり今回の件でのメディアの「無視」はこのようなロジック正当化されうる。彼らは積極的女性攻撃していない=加害者ではない。

 

もちろん私は、このような「無視」や「加害」が許されるとは思わない。男性もやっぱり女性差別の現状についてもうちょっと認識を深めるべきだろう。なればこそ、女性側も別の弱者への認識を深める必要がある。

私自身答えは出ていない。だからこそ一緒に考えてみて欲しい。

 

それからもう一つ。

同じことは立場を逆転して弱者男性性的少数者の諸氏についても言える。

あなた方が女性差別の現状を無視する限り、あなた方にはあなた方の被害女性無視される権利を持っている。使うかどうかはあなた次第だ。

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