思えば、数年前に遺書を書いて、死ぬつもりだった。
でも、やり残したことに気付いて、1回死んだことにして、まだ生きている。
他の人からみたら、紆余曲折というより、人生終了メシウマな人生で、
あざ笑われたり、哀れみの目を向けられることも多いが、メシウマしたい人間はそうすればいいと。
というより、人間の真の優しさに気付いたというべきか。人の不幸に接したときに、人間は本性をあらわにする。
リトマス紙のように、醜い本性の人間が分かるため、そういった人とはなるべき距離をおいている。
むろん、休日は一人だし、リアルにもネットにも相談できる友人などいない。
仕事で電話を掛けることはあるが、プライベートでは、数年、電話もメールもない。
恋人の類いは、生まれてこのかたできず、ぼろぞうきんのように観衆の中で振られ笑い者にされていらい、人を好きになれない。
いつ、クビになるかも分からないし、壊れるかもしれないが、自分の最期は見届けたい。
言語能力を失わぬよう、アニメを見るが、最近は幸せすぎる登場人物と自分を比較して無性に胸の痛みを感じる。
とまあ、自虐的な自己紹介をした増田が最近、どうやら人を好きになってしまったことに気付いた。
近所に行きつけのパン屋さんがあって、休日、増田は朝食のパンを買いにゆく。
もう、5年ほどになるだろうか。
店の人が年をとったので、バイトでやとったのか、家族経営のようなので孫娘さんかもしれない。
その女の子は、最初は気に留めていなかったが、丁寧な接客でよく働く子だなと感心していた。
年の頃は、高校生くらいだろうか。
接客がマニュアル通りではなく、とても心がこもっていて、気だての良い子だった。
増田は、毎週、パンを買いにいくが、特にその子のことは意識していなかった。
気にもしていなかったが、次の週もその子がいなくて寂しいと感じた。
そして、次の週に会ったときには、ほっとしている自分に気付いた。
増田が変なそぶりをみせれば、その子にも店にも迷惑になるだろうから、客としてただパンを注文するだけだ。
www18.ocn.ne.jp/~nyan56/word2.htm 昔読んだ本のさいご。
よいと思います。 僕も同じようにプラトニックに、ただ片思いに終わらせたことがあります。