クズであればあるほど、ニュースに関心を持ちやすい傾向があるんじゃないか。
ニュースは基本的に他人の不幸を扱うもので、みんなが幸せだったらニュースになるようなネタはできない。
事件、事故、災害、テロ、戦争、政権崩壊、倒産、恐慌など、不幸の度合いが大きいほどニュースバリューがある。
ニュースを好き好んで観ている人は、他人の不幸が大好きなクズなのではないか。
他人の不幸を観るということは、他人の失敗を観ることでもある。
自分よりはるかに社会的地位の高い人間が致命的な過ちを犯し、それを批判したり馬鹿にすることで、
自分があたかも事件の当事者より社会的地位が上になったような錯覚を得られる。
社会的地位の低い人間がその境遇から必然的な事件を犯した場合は、
自分より下の人間がいるという事実を確認し、優越感に浸ることができる。
さらに、他人との交友関係や社会的経験が全く無いような人間であっても、ニュースについて語ることはできる。
自らの仕事や趣味、恋愛、家族との関係などを晒さなくとも、大上段から他者を批判し、嘲笑できる。
他の話題であれば自らの人生経験によって語れる内容が変わってくるし、人生経験のない人間には語れないこともあるんだが、
ニュースは誰でもテレビや新聞を見れば得られる情報だから、バックグラウンドが全く違う相手でも共通の話題にできる。
むしろニュースを知らない人間に対して、「こんな常識的なことも知らないのか」と優越感を持てる。
このように、ニュースが好きな奴は総じてクズであり、ニュースメディアで働いてる人間はプロのクズと言える。
クズのくせに良識を装って他者を批判するのが、大部分のマスコミ、はてな村、Twitter界隈だろう。
よく知りもしないで、他人や何かを批判する奴は増えた気がする。 そういう事で、辛い思いを数年味わった。
90年代後半あたり(当時中高生)は、猟奇殺人とか通り魔とかのニュース見るのが楽しかったな。 別に誰と語るわけでもなく。他人の不幸や失敗が楽しいわけでもなく。あれは単純に、...
うーん、それはそうなんだが、一方で「他人」は「人間」じゃないという見方はあるし、社会はその見方で成立している様にも思える。
gokinoの行動体系についてかとおもったけど、どうなんだろう?