「あ、タケモトさん」
タケモトさんは、俺たちマスダ家の隣に住んでいる人だ。
「ここで働いているんですね」
「んー、ちょっと待ってくださいよ」
タケモトさんは気だるそうにパソコンをいじり出した。
職業斡旋所に送られてくる求人情報はそのパソコンに詰まっており、大抵の仕事は見つけられるようになっている。
「パートタイムで、ある程度の融通が利く……かつ奥さんで出来そうなものかあ……」
タケモトさんの独り言は声が大きく、そして端々から不機嫌さがにじみ出ている。
強いて理由を挙げるならば、その日は少し忙しかったからなのだろう。
『仕事が嫌だったら、職場に顔だけ出して給料だけ貰えばいいんだよ。或いはストに使うエネルギーを副業にでも回せばいい』
以前、どこかでタケモトさんはそうボヤいていた。
労働に対する考えや臨み方は人それぞれであるが、タケモトさんの場合はその情熱がまるでないようだ。
タケモトさんの仕事は、相談する人間の数や質に比例して忙しくなる。
給料が欲しいから働いているだけのタケモトさんにとって、内容や是非に関わらず忙しいこと自体が気に入らないのである。
それでも、やるべきことは最低限やるだけ上等な方なのかもしれないが。
「うーん……ある、っちゃあ、あるっぽい、です、ねえ」
パソコンをいじり続けて数十秒後、どうやら条件に合うものを見つけたらしい。
しかし依然、歯切れが悪い。
「どんな仕事なんです?」
「要は機械の操作ですが、資格が必要ないようなんで、そこまで難しいものではないかと」
「ああ、いいですね。私はサイボーグですから、その分野はそれなりに詳しいですし。ここに決めます!」
タケモトさんの機微を意にも介さず、出てきた求人情報に母はやる気を見せる。
「えぇ……近所のよしみで忠告しますが、もう少し慎重になったほうがよいかと」
母のそのリアクションでさすがに心配になったらしく、タケモトさんは説明を始めた。
「この会社は『256』っていう機械メーカーなんですがね。かなり最近できたところのようで、成長も著しい企業らしいです」
昔、母が事件に巻き込まれて重症を負ったとき、その会社のおかげで一命を取り留めたらしい。
だからなのか、同じ機械メーカーである『256』に興味が湧いたようだ。
「へえ、すごいじゃないですか」
だけどタケモトさんは違う。
「人間と同じで、健全な成長というものは緩やかなもんです。その摂理を無視して大きくなるってことは、不健全な成長である可能性が高い」
「どういうことでしょう?」
「キナ臭い……オレが言えるのはせいぜいその程度ですかね。確信のある何かを知ってるってわけじゃないんで。憶測に憶測を重ねるのはデマと一緒になりますから」
この時、どうしてタケモトさんはそんなことを言ったのか、母には理解できなかった。
俺がティーンエイジャーになって間もない頃の話だ。 「バイトでもしようと思ってるの」 母は俺たち家族にそう告げた。 「それはまた……どうして? 別に家計が苦しいわけではな...
≪ 前 母はとりあえず求人情報だけ印刷してもらうと、言われたとおり慎重に考えてみることにした。 「どうでした、マスダさん。御眼鏡に適うものはありましたか?」 「あ、センセ...
≪ 前 面接はつつがなく終了し、二人は採用された。 「わっほーい、僕は班長のダマスカスと申しまする。よろしくござまーす」 「よろしくお願いします。私は……」 「モーマンタ...
≪ 前 母たちの仕事は、社内にある機械の管理だった。 「このモニターから、それぞれの機械の状態が分かるんで。何かあったら知らせてください」 「そんなことをパートの、しかも...
≪ 前 そうして数週間が経ったある日。 「マスダさん、おかしいと思いませんか」 いつもと同じように仕事をしていた時、センセイはそう疑問を投げかけてきた。 漠然とした質問に...
≪ 前 二人は危険な匂いを感じ取り、この仕事を辞めることにした。 「辞める? それまた突然、なしてぇ?」 そのことを班長のダマスカスに伝えると、大層驚いた。 ダマスカスは...