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はてなキーワード: 選択とは

2024-05-17

anond:20240517184259

やるしかなかった人々なんだろうな

一方で、選択コストをかけてないもんだからか、幸せそうではある

故人の感想です

anond:20240517122432

多世界解釈的なのでちょっと違うけど、不慮の事故とかで亡くなる人がいるけど、その人は私の主観的世界では亡くなっているのかもしれないけど、その人にとっての主観的世界ではうまく不幸な事象回避して元気に生きてるんじゃないかと思ってる。

ももここまで生き延びてきているけど、誰かにとっては私が死んでしまった世界もあって、そこでは「気の毒に、運が悪かったんだね」とか言われちゃったりしてるんじゃないか想像している。

今生きている人は、生存した世界の方をうまく選択しながら来たから生きてるんだし、おそらくこの先も生物的な寿命くるまではそんな感じで生き続けるんじゃないかな。

永遠に生きることはできないからいずれ死ぬんだろうけど、死んだら自分主観的世界が無くなるだけなので気にしてもしょうがないと思ってる。

自分が死んでしまった世界が知覚できないのと同じかな、でもやっぱり死ぬのは怖い。

色々な物事曖昧にしたままで生きていくのがベストと考える向きもあるが、生きるのは決断連続で、決断するということは何かを選び、他の選択を捨てるということでもあるので、曖昧さを少なくしていった先に自分人生が浮かび上がるということかもしれない。

AIアート甲子園のここがすごい

最近Twitter話題になっている「全国AIアート甲子園@i-SEIFU」(https://aikoshien.wraptas.site/)のすごさについてまとめる。

 

そもそもAIアートアートではない

 

AIアート甲子園教育的でない

 

AIアート甲子園要求が厳しすぎる

 

AIアート甲子園クリエイター搾取である

 

AIアート甲子園はずさんな運営である

 

AIアート甲子園は生成AIイメージ向上に役立たない

 

 

 以上、「全国AIアート甲子園@i-SEIFU」(https://aikoshien.wraptas.site/)のすごさについてまとめた。今後もこのようなすごいイベントがいくつも現れると予想される。すごいイベントのすごさに注目したい。

2024-05-16

初デートサイゼマンの中身は非モテ男の母親

婚活にあたって、相手生活コストや食の好みを知っておくことは確かに大事ではある

ただ、それを初手でやるから上手くいかない

 

多くの人にとって「長い付き合いになるかもしれない相手と初めて会う日」というのは「特別な日」なんだよ

から相手の目には「特別だと思われなかった」と映る

サイゼ価格帯だけ見た連中が年単位で論争をしているが、手軽さ、知名度、客層などの総合的要素でその選択を「無し」と判断されているだけ

カップル夫婦日常的にサイゼに行って楽しめる層は、ここを当たり前にわかっていたから今がある

 

かといって、初デートサイゼで素直に喜べるほど「特別外食ファミレスしか知らない」女を、毒親ごと嫁に貰えるヒーローイズムがあるかといえば、そうでもない

 

この傾向は「息子の嫁と仲良くなりたい夢」を長期に渡ってこじらせた母親によく見られるもので、

息子が結婚した途端に家に入り浸る、嫁を頻繁にランチに誘う、食事勝手に用意する、本当の親のように思えと強制するなど、

信頼関係が構築された上で成り立つ付き合い方を、初手から求めて失敗する

そして、失敗の原因を相手のせいにするから永遠に変われない

 

以上の理由から初デートで値踏みして何が悪いサイゼは安くて美味い最高の店なのに何が悪い!と熱くなっている人たちは、実は非モテ息子が永遠に結婚できないイラつきを、息子を選ばない女が悪い!に変換している母親ではないかと推測する

 

anond:20240515130736

東京ブルジョワジー土地持ち

東京で金のなる木は土地

東京土地持ち、ブルジョワジー土地価値価格の上昇をひたすら目指しているんだよね

代表的な例がマスコミ

マスコミ不動産屋と揶揄されるくらい、不動産収入依存している

しかも、東京価値をアゲるために毎日ワイワイやって、東京価値が下がりかねない不都合な部分は無視をしている

選択報道の自由ですね

都道府県別成長率は低くて、労働者可処分所得最下位レベル格差は当然最上位、それを隠して東京世界的に魅力的な都市ですよ!って土地持ちが毎日労働者を騙している

東京って都市労働者搾取する装置として完成しているんだよね

色恋営業搾取している!って吹き上がると同じくらい、もしくはそれ以上に、東京土地持ちに対しても吹き上がるべきじゃないのって思うよ

マイルドヤンキー馬鹿休日イオンw、東京文化資本最高!って、肉屋のために生まれた豚であるはてなで主張しても意味ないですか、そうですね

anond:20240515134242

えっ女子力認定試験、すごくいいと思う。ってか何でないの?

認定試験受けたくない女の人は受けなきゃいいんだし。

選択制はメリットしかないのに。

ガッチリした物語ゲームなら主人公の男女選択は無い方がいい

性別特有事象を描けなくなるから

チー牛弱男は少しでも優しい言葉を投げかけると勘違いしてストーカー豹変して事件化する、という情報はかなり浸透してきてると思う

問題思春期のどこかの段階で男は誰しもチー牛弱男のコース選択してしま可能性があるということだ

そうなると人生の舵取りはかなり厳しくなる

社会人になってもまだチー牛弱男だったらその後の60年とか70年の人生はもうチー牛弱男として生きる選択肢がない

チー牛弱男は危険という情報が浸透しているのでもうやり直す機会もチャンスもキッカケもないからだ

男の子が生まれたらちゃんと将来を見越して子供を育てないとそこで家系が終わる可能性もあることに注意した方がいい

デート女性を試すことのなにが悪いか

結論戦略。悪行ではないが、悪手だと思う。

増田気持ちもわかる気がしたのと、ブコメの多くが増田の問いとずれている気がしたので(気がしただけで、文章からは読み取れないのでわからないけど)、書いてみます

デート女性を試すべきでない理由として、以下の2点を挙げている人が多いように思う。

前提として、私も同じ意見だし、増田もそれは了解していて、その上で「なぜ試し行動が失礼と受け取られ忌避されるのか?合理的では?」という問いを立てた、というふうに元の記事を読みました。



なので以下は、試し行動が合理的ではない理由です。

 (増田は「試しあう」ことにも言及しているけれど、それも「お互いに一方的な行動をしよう、"各自利益のために"そういう条件で合意しよう」という態度に見える。合理的だけど、パートナーシップとか生活かには通じない態度だと思う。)

「実際に食事を共にしたとき、どんな感じになるのか見てみたい。生活を共にするパートナーを探しているのだから普段よく行く場所時間を共有したい」というのは理解できる。「合わないなら合わないと、早くわかる方がいい。」というのもその通り。

これをそのまま相手に伝えるのは、自己開示であって試し行動ではないと思う。

自分は~という理由サイゼリヤが好きで、そういう雰囲気のお店で一緒に楽しんでくれるような女性を求めています。こういった価値観の相性は大切だと思っているので、非常識かもしれませんが初回のデートサイゼリヤに行きたいです。」と伝えたうえで楽しく会話できる相手を、「ところでよかったら今度デートしませんか?サイゼリヤで笑」と誘うのはなにも悪くないと思う。

もし増田の言っているのがこれだったら、それは試し行動ではないと思う。少なくとも私は好感を持つので、気にせずその道を行ってほしい。

もし増田の言っている試し行動が、自己開示せずに「サイゼ行きましょう!」といきなり言ったり「デートしましょう!」とだけ言ってサイゼに連れて行くことを指しているのであれば、「この人は社会性に難がある」と受け取られる可能性が高いので、戦略として悪手だと思う。

でも悪行ではない。この文章に対しても「なぜそういうふうに受け取る社会なのか?」という問いは有り得るし、どこでデートするかは各自自由なわけで、いろいろなことに納得がいかないならサイゼリヤでデートするのはアリだと思う。もちろん結果は引き受けなければいけないけど、皮肉でなく、思う道を行ってほしい。増田に合う人はその先にいるはず。

anond:20240515130736

スーパーで大容量品を買えば、たしかに安い。

だが、自由の味がしない。

安さと引き換えに、賞味期限に追われる身になり、未来は予定で埋まり食事労働と化す。

缶コーヒーは高い。

だが、そこには自由の味がする。

私は家の棚がコンビニの棚であってほしい。

毎日の朝食をバイキング形式暮らしたい。

そこには自由を感じる。

選択煩雑である一方、自由快感をもくれる。

進路選択を間違えた

整体って、部活筋肉張ってるJKJD社会人女性もけっこう来るんだ、知らなかった

なぜ俺は整体師を目指さなかったのか。己の愚かさに憤死しそう

定年までずっと合法的JKとかの身体触れる仕事なんて他に無いのに

初デートサイゼの何がダメかって、クソつまんねぇからだよw

anond:20240515130736

クソつまんねぇからだよw

そんなことする男はクソつまんねぇヤツで、たいていの女性からみたら男性的にも人間的にも魅力皆無だからだよw

クソつまんないことされると相手迷惑に思うんだよw

同性の俺から見ても「おもんな~w相手かわいそ~w」って感じだよw

あのねぇ、「試し行為は良くない」ってのもまあ真っ当な理由なんだけど、そうじゃないんだよ。

はてなブロガーたちはカマトトぶって言わないけど、いい年して「初デートサイゼ」なんてクッソつまんないし、そんなクッソつまんない選択をするやつと恋愛したい女、結婚したい女はね、いないのよ。いるかもしれないけどごくごく少数なのよ。

「何がいけないんだろう」じゃないよ。「本末転倒ではないでしょうか。」じゃないよ。お前のやってること(もしくはやりたいこと)がつまんないんだよ。

初回デートなんてお互い相手を見極めるために、自分をよりよくするのに頑張るところなのに、なにが悲しくてサイゼいかなきゃいけないんだよw

それさ~、楽しい?w

せっかく「試す」ならもっと面白いことすればいいじゃん。

生活感を試したいなら「もう絶対一押しの安くておいしい定食屋があるんです!初デートでいくような感じの店じゃないんですけどぜひ!!もう絶対食べてほしいんです!!」とかいって試せばいいじゃん。

そこで焼き魚でも頼んで彼女の箸裁きでもみれば?w

俺なら絶対やらないけど、サイゼよりは若干マシだよ。「こういう人いいな」って思ってくれる確率はほんのちょっと上がると思うよ。

でもお前はできないよね。サイゼしかしらないもんね。

どうせ「え~と、サイゼでいいですか?安いし」とか言ってんだろ?頑張れよもうちょっと。工夫しろ

揚げ足取りに手ぐすね引いてるカスものめにも書いておくけど、サイゼっていう店自体が悪いわけじゃないんだよ。

あの低価格であのお味、素晴らしいですよ、結婚した後に何度もお世話になりますよ。

でもそういう誰でも知ってる素晴らしいいつでもいける低価格の店しか提案できないという行為自体は、大抵の異性からしたらクソつまんないし、そういう提案しかできないヤツは魅力がないんだよ。

あっこの人サイゼしか知らんのだな、ってなるんだよね。透けて見えるよね、人間性が。

そういう意味では試し行為としてはまぁ最適ではあるよね。相手からするとダルいけど。

あともうひとつ言っとくと学生とか若年者が初デートサイゼとかだったらそれはアリだと思うよ。

大学の下校時に勇気を出して同期の女の子サイゼ晩御飯に誘いました。」←素晴らしいよね。これは「面白い」よね。クソつまんなくないよね。

でもお前の書きぶりからはこういう爽やかさがないよね。

「何がいけないんだろう」じゃねーよ。暗いんだよオッサンまぁこじらせた学生だったらごめんだけど。学生でも改まって誘うならそれなりの店が良いよ。

色々書いたけど、試し行為云々じゃなくて、お前の提案には魅力が皆無でクソつまんないか相手からしたらうんざりするってのが一番だよ。

つまんないことされると相手ダルいんだよ。時間無駄なの。お前はタイムロス防げてるのかもしんないけど、相手時間無駄になってますから

お前の提案に魅力がないのを、「試したほうが効率的から。」とかごまかしてんじゃねーよ。安くてデート向きの良い店しらんだけだろ。

試す能力も魅力も無いのに試すな。それはただの無礼だろ。

どうしてもそこで「試し」たいんだったら、デートアポイントの時に

自分初デートときサイゼに誘って相手人間性みることにしてるんですけど、良いですか?」ってきけよ。

そしたら自分相手時間無駄にならないから。

いつかそれを受け入れてくれる女も現れるかもよ。

2024-05-15

黒沢清蛇の道』(1998年)

自分がやってしまたこと(例えそれがわずかなものでも)が確実に原因で起きてしまった不幸と、まったく自分に原因のない不幸とではどちらがより耐えがたいものだろうか。

前者は「あのとき自分がこうしていなかったら…」というような激しい後悔に苛まれるだろうし、後者は そのことの理不尽さの前でおのれの無力さをおもいしることだろう。

さて、その選択はとりあえず個人の手に委ねることにして、最初の問いの「不幸」を「恐怖」と置き換えてみよう。

[A]その人自身に起こるべくして起きた恐怖

[B]全く原因不明の恐怖

どちらがより怖いか。まあケースバイケースというか結局はその状況に立たされなければ答えは出ないだろうが話を続ける。

[A]の原因というのを、過去にはたらいた明らかに人道に反する行為、とより狭義のものとし、 それ以外を後者にいれるとすれば、一般的に「ホラー映画」と呼ばれているものはほぼ全てが後者を扱ったものだといえよう。

原因が呪いのヴィデオテープを見たということにしろ遺伝子操作に失敗して前代未聞のウィルス感染してしまたことにしろそれらはとくに人道に反するというほどものではなく、せいぜい無根拠禁忌を犯したという程度だ。

そして観客はその恐怖を、襲われている者に 感情移入同化してともに味わい、それから逃れるとホッとして、それからまたそいつに襲われて……、 で最終的には原因が解き明かされるなり逃げ切るなりで幕は下りる。作る側も、いかに観客を引き込ませるかを意図して作っているし、そこで描かれる恐怖というのはあくまで襲われる側から見たものだ。

ところで、[A]の恐怖を描いた映画がいまやほとんどないのは、非のある者がこうむる恐怖を因果応報・当然のものとしてみなし逆に追いつめていく方が主人公として描かれているかである

すなわち正当な復讐をする勧善懲悪物語となってしまう。当然それは「恐怖= 襲われる側への感情移入により抱くもの」の図式が成り立たないのは言うまでもない。

では[A]の恐怖が恐怖映画として成立する場合とはどのようなものであるか。

それは、執行される復讐方法が観客に感情移入など到底させないほどおぞましいものであるときである

観客を思考停止に陥れさせるほどの残酷もの。このとき、その恐怖はまさに恐怖そのものとしてスクリーンに映し出される。

黒沢清監督作品蛇の道』(1998年)はこのような映画である

いや、これだけではこの作品を ひどく矮小化していることになる。

この作品の恐怖は、あるひとつの極点に立ってしまった人間がとってしま行為の目をそむけずにはいられないような醜悪さが、これでもかこれでもかと露呈されていくことにある。

かといってそれは単に悪趣味とかたづけられるような類いのものでは断じてない。

それが、紛れもなく人間性質によるので、恐怖を通り越してとにかく正視しがたいのだ。

それでもひとはこの映画を見るというほとんど拷問のような行為をやめようとしないのは、その恐怖の果てにも救いがあるはずだと信じているからにほかならないのだが……。

特筆すべき役者は(やはり)哀川翔である

この映画での哀川はほぼ、人間醜悪さを次々と 引き出す媒体として存在している。またその媒体としての仕事ぶりの的確さは、この世界物理学法則を解明していく学習塾でのもうひとつの姿とも重なり、存在論的に否定しがたいものとなるのだ。 あえて例えるならばこの作品での哀川の存在は、ルー・リードの声の響きのようだ。優しさ/慈悲深さと、 その奥にある圧倒的強度をほこる底無しの得体の知れなさ、そしてかなり強引なのにもかかわらず 抗いきれない魅惑にも似た正しさ(のようなもの)を備えている。

ともあれ、是非多くの人に見てもらいたい作品である

いや、やはりできるだけ見ないほうがよい。レンタルビデオ屋のやくざものコーナーに、絶対的大凶」としてなにげなく陳列されているのが、 この作品存在としてしごくふさわしいものだとおもわれる。

ヴィデオ化にあたり、『修羅極道 蛇の道』と改題された。

(この文章1999年8月下旬ごろ書かれた。)

(2024年5月付記:リメイク版公開の報に触れ、四半世紀前にこのような文章をひっそり公開していたのを思い出したのでまたひっそりと匿名公開させていただきました。ニュアンスを変えない程度に改行等いじりましたが、死語である「ヴィデオ」」」云々の最終2行は削れませんでした。)

2Fの息子が立候補するそうで…

いつもの面々が世襲政治家禁止しろーって沸き立ってるけど、ちゃんとした候補を立てて選挙で勝てばいいだけなのに何を恐れるのか。

そもそも親が政治家だったらその子供が政治家になるのを禁止するって明確な人権侵害だと思うんだけど、

普段から呼吸代わりに人権人権騒いでる人達からそう言う発言が出るのはどうなのよ?

いや、人権付与対象選択権限はあの人達が握ってるってのは知ってるんですけどね。おファックですわ。

役人職場内の同調圧力に屈して同和利権をセーフにするのと、私生活コーヒー窃盗することの区別もつかないのか?

Rの支払いでLのコンビニコーヒーを飲むと数百円の差額で懲戒免職になるという。1900万円の不正支出自殺への追い込みはどれほどの懲罰になったのだろうか。

ちょっと意味が分からないな。

職場の中における同調圧力が強すぎて本人の意志とは半ば無関係同和利権容認するような書類を処理してしまうのは、職務における真剣さや勇気の欠如ではあるが、それは個人生存戦略社会通念上のモラルのどちらを優先するかの話であって、その人間を明確な悪と断ずるのはいささか求めるハードルが高くないか

対してコーヒーの値段をちょろまかす行為は、明確な自由意志に寄る明白な詐欺窃盗行為であり、100%自由自分の行動が選べる状況において、完全に自己利益のみを目的として、他者に不当で不誠実な取引、というよりハッキリ言って差額分の万引きと等しい行為を行っているわけで、判断力の低下を招くような追い詰められている状況でもなければ、本人以外の意思が介在するようなシチュエーションでもないわけだから、明確にその人間悪党であると断ずることが出来るんじゃないのか?

扱った額の大小に注目してどっちが重い罪をなしたかではなく、どちらがより「自分自由意志をもって犯罪行為に手を染めることを選んだのか。犯罪行為に手を染めない道を選択できる自由がどれぐらいあったのか」で判断すべきじゃないのか?

というかそもそも、この2つを比較するのが完全におかしいというか、状況が違いすぎないか

マジで何を言ってるのか意味がわからない。

本当に意味がわからないのは、こんな意味のわからないコメントがそこそこにスターを貰っているということだ。

読解力が反転して、逆読解力が高まりまくった人間SNSかよ

anond:20240515193304

それらは死ぬほどどうでもよくて(デジタル活用や発表する媒体をお選びください)、

 

問題なのは底辺漫画家新人漫画家労働実態が、請負契約ではなく、雇用契約を結ぶ必要のある労働実態にあることだよね

描かせたボツネームの料金払わないとか、不掲載場合原稿料金を払わないとね

 

B2B請負契約なんだから、オーダーを受け作業が発生した分は請求するよ?って言っても、

平然と『ウチはそういうことはやっていない』『そういう請求するのはあなただけだ』とかのたまうそうだ

 

これは個人選択で選ばなきゃいいとかいうやつじゃないでしょ、シンプル犯罪

和歌山市役所の件、闇ふけぇなあ

まず被害者には合掌。

その上で、コメントの通りだと思う。https://b.hatena.ne.jp/entry/s/wakayamajisatu.jimdofree.com/

童話の闇とひとくくりにするというよりは、公僕として不正アカンという話やね。

その基準の上で構造的に同和が不正の前提としてある、っていうのであればまあどこかで是正しなければならんのやろな政府が。

ただ戦前朝鮮人差別とかもあるからスピリチュアル的な理由でもなんともしがたい部分もあるのだろうな。

ひとついえるのは利権で腐るのはスピでも童話でも関係なくて、シンプルに一人の人間の話だと思う。

まり利権で腐るのも腐らないのも、選択をするのはすべてそいつ個人の話。

まあそれが民主主義ってやつなんだけどね。

その概念がないか中国のような共産国はとびぬけた悪ができてしまう。

その意味では共産主義利権主義独裁主義て同じなんだよな根が。https://anond.hatelabo.jp/20240515111322

anond:20240515132315

えっ 男性認定試験、すごくいいと思う。ってか何でないの?

認定試験受けたくない男の人は受けなきゃいいんだし。

選択制はメリットしかないのに。

[] 最小要件から始める

ユーザー属性の種類ごとに広告を表示する機能必要としよう。

いきなり本格的な広告管理ツールを作るためにデータベース設計するのではなく、最初は簡易的なプレーンテキスト形式設定ファイル管理するところから始める。

そうすれば当面の間はその簡易機能対応できるし、対応の速度も早い。

広告管理スケールが大きくなってきたと感じたところで広告管理CRUD設計するのでも遅くはない。

ただし、このアプローチ採用する際には、将来的にデータベースに移行することを見越した設計をすることが重要

具体的には、設定ファイル形式選択する際には、データベースに容易にインポートできる形式を選ぶこと、また、データ整合性を保つための適切なバリデーションルールを設けることなど。

まともなトランス女性取材すればいいのに

露出エロアカウントの尻フェチ女装趣味エロおっさん取材するのがもうバカにしてるのか?感凄い。

警察沙汰になりかねない…できるだけ多目的トイレへ〈悪意はなくても~尼崎市アウティング問題から〉(3)

https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202205/0015334207.shtml

昨年11月、ハイキング中に登山道女子トイレから出た彩乃さん(50)=神戸市=は、入ろうとした女性鉢合わせた。困惑した顔を見て、慌てて説明した。

 「あ、ごめんなさい。トランスジェンダーです」

 男性に生まれ、20歳を過ぎて男子トイレに入ると「なんか違う」と感じるようになった。女性用はホッとする。日常的に使ってもトラブルにならなかった。

そんな中、大阪市商業施設で今年1月、「戸籍男性性自認女性」とする客が女子トイレを使い、大阪府警建造物侵入容疑で書類送検される。ひとごととは思えず怖くなった。

 ただただ一人の女性として暮らしたいだけ。でも、警察沙汰になりかねない。それからは「誤解を与えるきっかけを自ら増やす必要はない」とできるだけ多目的トイレを選んでいる。

女子トイレに入って「ごめんなさい、トランスジェンダーです」で切り抜けたことを神戸新聞取材で語った「彩乃」さん、やっぱりいつもの如くヤバいやつだった

https://togetter.com/li/2266876

「私、カマレズあかんのよ〜💧

綺麗なお姉さん(純女)は大好物なんやけどね✨」

最近マウジージーンズフェチ👖の垢の画像を見て楽しんでる♡

基本私はお尻フェチ

やめられない、止まらない♡」

最近ジーンズフェチアカウントとかタイトスカートフェチアカウントとか、ずーっと眺めてる

綺麗なお尻って素敵だと思う✨

#お尻フェチ

めっちゃいいお尻❣️

埋もれてみたい〜❤️ pic.twitter.com/VmMppnYGcB」

「ピッタリなタイトスカートと黒のブーツでお出かけしたい…無性に

お尻、男性にガン見されたい…

写真イメージです。(近いらしい)) pic.twitter.com/zSwMTTqzdZ」

今日元町三宮に買い物出たついでに、

時間潰しに信長書店に行ってみた。

とりあえず、ディルドバイブコーナーへと見に行ったら、付かず離れずおじさんがずっとくっついて来る。

ドライオーガズムコーナーへ行っても同じく…。

私が下棚を見るのに前屈したら…お尻をガン見。

楽しいひと時でした✨」

今日は一日色々な人と会う日でした。

関係で。(僕関係ではなく)

秋の先取りで、ブラウンシャツスウェードレザーのミニタイトで出かけたんですが…

ちょっとサイズがちっちゃくなってて…お尻がパツパツのプリンプリン🍑

街行く男性の方多数から視姦されました⭐」

普通電車はよく寝れます

一番端座ってたら、リクスープリケツJDが私の肩と肘に🍑押しつけて来て頂いて、安らぎの時間でしたわ❤️

顔埋めたい衝動に頑張って耐えた」

「至福でしたわ❤️

良いお尻してた🍑

今考えるともしかしたら欲求不満やったんかも。

ずっとグイグイ来てたから。

撫でてやれば良かったか

「綺麗なお尻のお姉さんをずっと眺めていたくなる

OLさんとかスーツ女性とか…

で、気づいたら全然知らない場所に居る…

これ、良くあるw

#綺麗なお姉さんは好きですか

#美尻を見つめて三千里

「心と体の性が異なるトランスについては、心の性で公共の場を使う選択はあってはならない。あくまでも体の性で選択すべき。理想は、女性/男性/トランスと分ける形だと思う。(公衆浴場公衆トイレのこと)」

彩乃@すべての人の空に虹の架け橋を🌈 @Ayanoange2

この記事読んで、ある意味ショックとLGBT理解への憤りとか、いろんなことが思いとして浮かんで複雑…

私、いつも普通に女子トイレ使うし…」

anond:20240515081229

独身を好きで選んでいるんだから同情の余地もない。

結婚なんて、自分と同レベルかそれ以下で良ければいくらでも出来るのにしなかったのは自分選択

もしくは、誰にも相手にされないくらいの屑だったのかな。それなら仕方ないね

最近IT技術に慣れた人ほど古いシステムは使えない

弊社システム基本的にずーっと昔から同じシステムを使っているのと

リニューアルしても使い方とかシステム役割は変わらないのでめちゃくちゃ使いにくい

例えば健康診断会社でやってくれるけど自分申請必要

の全てを期間内にやらないと会社健康診断を受けられない

受けられなかった人は自分でどこかの病院を予約して受けるしかない(会社負担

健康診断はまだ全てWebになってるからマシで例えば昇格審査のもの

ってなってて一つでもミスするとその年の昇格審査は受けられない

問題はこの手の手順がどこかに丁寧にまとまっているかというとそんなことはないし

なんなら「今年は手順変わったんだよ」と後から言われることもある

年配の社員は「使いにくいよね〜」みたいな軽い文句を言ってるんだけど漏れなく実施してて

逆に技術系で若い優秀な社員ほど漏れがある

そのせいで

「あの社員ミスが多い」「若者には任せておけない」

みたいな評価に繋がりやす

どう考えてもシステム側が悪いんだけど

巷のITシステム手取り足取りいろいろやってくれて確定申告ですら簡単にできてしま

それに慣れてしまうとこの手の複雑なシステムは使えないんだと思うし

自分も年々ミスが増えているように思う

JTCが嫌われる原因ってこういうところにあるんだろうな

私の両親は放任主義であったので、私は色んな物語背中を追って成長した。家にある本を対象年齢などお構いなしに片っ端から読んでいたので早いうちからどうやら人間は必ず死ぬらしいということを知った。事故、病、それらに気をつけたところで寿命というので死ぬらしい。幼い私の狭い世界の中では老人といえば父方の祖母と母方の祖父母であった。当時の私は血縁関係など知らず、やたら会う回数が多くて、やたら親しげに話しかけてくる親ではない人間、その程度の認識だったが、それでもこの人たちはもう間もなく死ぬのだと思うと堪らなく悲しくて、祖父母宅に泊まり眠る時の「おやすみ」や、帰宅する際の「さよなら」で別れを強く意識してしまい泣くことがよくあった。

しかしその三名の間というのは私が思ったよりも用意されており、私が初めに対面した死は保育園の友人のものだった。友人と言っても同い年ではなく、私がそう認識しているだけだった給食調理員の女性で、友人と思っていたために意識していなかったが彼女も今考えれば当時の祖母たちとそう変わらない年齢だったように思う。

礼儀作法を知らないので何度も何度も棺の中を覗きに行っては泣いた。いくら泣いたところで目を閉じた彼女が横たわっているだけで何も変わらなかった。

二度目は小学校の2〜3年生の頃、またもや勝手に友人扱いしていた女性教頭先生だった。

学校体育館で行われたお別れの会で大きな額縁に入った彼女写真を見た。遺体があるわけではないので前のように泣きはしなかった。ただ、急だなと思った。

三度目は飼っていた猫だった。私が生まれるより前から家にいた猫の女の子しまる。

母が譲り受けて、初めは家の中で放し飼いされていたらしいが兄が生まれた時にケージに入れられるようになり、それからは基本ケージの中がししまるの全てになった。

私は私たちのせいで自由を奪われることになったししまるへの罪悪感からまり積極的に関わろうとはしなかった。

高校の帰り道、同級生数人の本当に心底どうでもいい話に付き合っている最中に母からメールでししまるの危篤が知らされた。どうしてか、私はどうでも良い話を切り上げず最後まで聞いて家に帰った。ししまるは冷たくなっていた。21〜2歳だったと思う。

なぜすぐに帰るという選択をしなかったのか、あんな会話よりもずっと大切な存在だったのに。

私よりも悲しんでいるに違いない母の前で泣くのは躊躇われて、やり場のない怒りと悲しみを階段に座ってやり過ごした。

数年後、くだらない話をしていた内の一人が飼っている猫がもう亡くなるかもしれないというLINEがきた。たしか写真映像うんざりするほど見せられていたが、私はいつも適当に聞き流していたのでどんな猫だったかはこれっぽっちも覚えていなかった。そんな猫が死ぬかもしれないと聞かされたところで正直どうしたものか反応に困ったが、眼前に迫った愛猫の死に動揺して私という藁にまですがる様子に「本当に大切ならこうなるはずだ、お前はどうだった」と問われているような感じがして口の中が苦くなった。

四度目は父方の祖母が亡くなった。同じ家に住んではいもの特に交流はなく、幼い頃から苦手な祖母だった。

祖母の部屋はニ階にあり、私の部屋は一階にある。あの日、夜、二階の台所飲み物を手に入れて自室に帰るという時、祖母の部屋からガタッと物音がして「部屋から出てくるかも」と思い微かに開いた扉を横目に逃げるように階段を降りた。少し経ってから帰宅した兄が「婆ちゃんが倒れている」と家中に知らせて、部屋の中で固まる父、父の代わりに各所へ連絡を取る母、救急車パトカーの音、集まってくる従姉妹たち、その全てを私は凪いだ目で見ていた。

父方の祖母は以前に一度死にかけたことがあり、救ったのは家の鍵を忘れた中学生の頃の私だった。

私は幼い頃から忘れ物常習犯であり、家の周りに民家がないのをいい事に家の前で欲しいものを大声で伝えて家の中にいる人間に取ってもらうというのをよくやっていた。

その日も帰宅したら玄関には鍵がかかっており、また、私は鍵を持っていなかったため外から「鍵開けて」と何度も繰り返し叫んだ。かなり長い間何も反応がなく、どこかに出かけているのかもしれない、帰ってくるま玄関先で座って待っていようかと思い始めた頃、ようやく階段を降りる音が聞こえてきた。玄関の扉が開いて真っ先に伝えられたのが「病院に連絡して」だった。

諸々が終わった後で聞くには、どうやら意識を失っており、私の声で戻ってきたとの事だった。

以降、祖母はこの話を何度も繰り返しては私に感謝した。「綺麗な真っ赤な空間にいたらあんたの声が聞こえた、だから私は助かった、ありがとう」と。顔を合わせるたびに話されるので話すのをやめるようお願いしたほどだった。

死にかけた祖母はその後何もなかったように生き続け、恐らくボケて、兄と揉めることが多くなった。兄が言うには包丁を持ち出してくることもあったらしいが、 真偽は分からない。

そんな揉め事が起こるたびに私は「あの日、私の帰りがもっと遅ければ」「私が早々に呼びかけを諦めていたら」などと思ったのだ。

ガタッと物音がした時に私が様子を確かめていたら、祖母はまた帰ってきたのだろうか。祖母あの日のように真っ赤な空間で私の声を待っていたんじゃないだろうか。あんなに嫌っていた祖母である。「あの時死んでいればこんな問題起きなかったな」とさえ思ったことがある祖母である

そんな祖母葬式で私は涙をなかなか止められなかった。悲しむ資格道理もないのにどうして涙が止まらないのか不思議自分に腹が立ってしょうがなかった。

祖母が亡くなってから父はよく兄妹たちを家に呼び、兄妹たちも呼びかけに応じて気軽に集まる。父も兄妹たちも祖母が生きていた時はそんなことしなかったのに。

五度目はまだ起きていない。

母方の祖母癌治療中で、祖父ボケが始まっているがまだまだ元気にやっている。出来る限り健康で長く生きてほしい。

いつか絶対に五度目がくる。

何度経験しても慣れない死を悲しんだり、悲しんだふりをしていることに気づけないでいたりを繰り返しながら自分の番を待つ。

みんな死んでほしくないな、死にたくないな。

2024-05-14

結局はてな結婚至上主義だよな

老後どーすんのとか、わかってんだけどそれでも結婚したくないんだよなぁ‥

男と同じ家に住みたくない 家事もやりたくないし

あと子供別に育てたくない 仕事で手一杯だし 

結婚子育てもやりたいやつがやればいいし、実際やりたいやつだけが自ら選択してやってるわけで

どうせ今の三十代が老人になる頃には社会福祉崩壊してんだから「今の子どもたちにいずれ支えてもらう」も通用しねーぞ 

ちゃごちゃいわんと黙って子供育ててほしい

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