はてなキーワード: ティーンとは
私はただの会社員で、栄養の関わる知識はネットに転がっている程度しかありません。
この献立表は作り置き用です。
日曜日にまとめて買い物→調理→冷蔵・冷凍するためのプロセスです。
本当に申し訳ないんですが、購入してからすぐにカッターで本を解体してスキャンしてPDF化します。(スキャン後はマスキングテープでくっつけて本棚に入れてあります)
PDF化する理由は、献立を組み上げる作業は全てPC上で行っていきますが、PDFの方が本よりもレシピを探しやすいというのが1番の理由です。
また、最後はレシピ1つ1つを画像ファイルにするので、一旦PDFにしておいた方がその作業が楽になるという理由もあります。
スキャン環境が無い場合は、タブレットやスマホを使用してレシピの内容まできちんと読める状態の解像度で撮影し、画像ファイルタイトルに頁数を振っておくといいです。
1つずつレシピを読み込んで表計算アプリケーションに情報を書き出します。
PC上で計画・管理、スマホ上で閲覧出来るのが理想なので、私はMicrosoftのオンラインExcel(無料版)を使用しています。
|【料理タイトル】|【ジャンル】|【調理方法】|【冷凍可否】|【PDF頁】|
上記の順番でセルに入力していきます。次から詳細を掘り下げます。
△:野菜なしでタンパク質のみ 例)鶏のてりやきからしマヨソース
緑:鶏肉
茶:牛肉
黄:たまご
青:魚
薄橙:大豆
使用されている調味料を元にジャンルを記入、セルの色付けをします。
色付けの凡例は次の通りです。
水色:お酢(さっぱり系)
9割は振り分けられますが以下のように振り分けが難しい料理もあります。
→オリーブオイルとしょうゆを使ってるけどどちらかといえば洋食かな~→薄緑
レンジ調理、フライパン調理、鍋調理、トースター調理等を記入します。
山本ゆりさんの一部のレシピ本には冷凍の可否が書かれていますが、冷凍NGの食材が使用していなければ自己責任でOK認定にしています。
→豆腐、じゃがいも、卵、きゅうり、レタス、水菜、アボカド、ちくわ等
この後に情報を入れ替える作業があるので、どのレシピがどこに掲載されているかを把握しておくために頁数を記入します。
https://f.hatena.ne.jp/lyri/20240522143436
※「翌日」は「翌日に食べないとだめ」、要するに「冷凍不可」を意味します。
※余談ですが、料理タイトルをグレーアウトしているのは新しい本において調理の未済管理のために私が作ってみたレシピに施しているだけです。左側の★は子供が美味しい連発したレシピです。△は子供の苦手食材、苦手調理方法を含んでいるレシピです。
現在は書き込んだ頁順にレシピが並んでいると思われますが、これらをタンパク質順にソートします。
https://f.hatena.ne.jp/lyri/20240523101436
こうすることで「鶏が足りない!」 「ここに豚が欲しい!」 「トマト系のレシピ無いかな~」 「レンジ調理できる副菜ないかな~」等、検討時のレシピの検索が非常に便利になります。また、PDF頁数も一緒に移動することで索引機能を果たします。
例)
主菜A:◎肉入り野菜炒め(玉ねぎ・にんじん・キャベツ)→主菜に野菜たっぷり入ってるな~「○かぼちゃの煮物」を添えとくか
主菜B:○ぶり大根(大根)→大根だけか~緑もないし「◎なすとピーマンの甘辛味噌」にしよう
どうしても「○主菜+○副菜」となる場合は【我が家の毎日食べても飽きない野菜】を味噌汁の具やサラダにしています。
キャベツ、大根、トマト、ピーマン、ごぼう、にんじん、かぼちゃ、ブロッコリー、おくら、わかめなど。もっと増やしたい。
これらの味噌汁とサラダは応急処置なので、わざわざ表には書いていません。
現在は子供が少食なので主菜と副菜のみにしていますが、もう少し大きくなったら味噌汁とサラダもレギュラー入りさせたいし、その時は味噌汁ルーティーンも組み込んでいきたいです。
(後で見本を載せていますが、現在は子供のストライクゾーンが和食に多いので偏りがちです。成長に伴って変革していきたいです)
理由は調理のモチベーションを保つため、1品目をレンジ調理している間に2品目の材料を切ったり下ごしらえをしたり出来るので時短になるため、レンジ調理したものはそのまま粗熱を取って冷蔵庫や冷凍庫に入れてしまうので、フライパンや鍋を洗う回数や手間を減らせるからです。
毎日作る時間が確保できるのであれば、フライパン調理のみで構成しても良いと思います。私も本当はそうしたいです。
火:主菜2 副菜A(冷蔵保存) ←副菜は原則2日間で食べきります
金:主菜5 副菜B(冷凍保存) ←副菜は原則2日間で食べきります
冷蔵:主菜1 主菜2 副菜A ←冷凍NG食材を含んでいてもOK
私は作り置きよりも作りたてのおかずを食べたい派です。なので、水曜日だけは子供が好きで野菜もたくさん食べられて比較的調理時間が短くて手間がかからないなおかずを組み込んでいます。親子丼、ピラフ、グラタン(ほぼシチュー)、オムライス、焼きそば、パスタ等です。
ただし、山本ゆりさんのレシピ(特にレンチンするやつ)は一旦冷まして味が浸透してから再度加熱して食べるとめっっっっっっっっっちゃくちゃ美味しいので、作り置きに向いているものが多いとも感じています。
冷凍したおかずの解凍方法は、食べる瞬間の24時間前頃から冷蔵庫に入れておくと自然解凍されます。
私は前日の夕食後に冷凍庫から冷蔵庫へ移動しています。そうすると冷蔵したものと同程度の加熱時間で食べられます。
ちなみに水曜の主菜3は使用するお肉や魚だけ日曜の買い物直後に冷凍して、火曜の夜に冷蔵庫に移動して自然解凍された状態で調理します。
https://f.hatena.ne.jp/lyri/20240523103013
水曜日のセルが黄色なのは、私が献立を考える際に「ここは固定!」とわかりやすくするために塗った名残なので特に意味はありません。
タンパク質、野菜数、ジャンル、調理方法のバランスが割と整っているのではないでしょうか。
完璧に組み立てるのは正直かなり難しいです。
例えば上画像の5週目の木曜と金曜は○と△で構成されてしまっているので、更に味噌汁を追加するか、もしくはバターしょうゆの味付けとスナップえんどうに合いそうな野菜(いんげんとかアスパラ?)を追加したいところです。味噌汁を新たに作る方が簡単で食卓の見栄えは良いです。
これらは更に小さいセルで管理すると見える化でき、ジャンルや野菜のばらつきをチェックできます。
入れ替えの際はこちらの更新も必要で面倒ですが、やっておくと新たなレシピを組み込む際に非常に明快になります。
https://f.hatena.ne.jp/lyri/20240522151313
入れ替えが発生する要因として1番多かったのは、ジャンルの偏りと野菜の偏りです。
中華系ばっかりで胃もたれやばいな!とか1週間ずっとブロッコリーとキャベツ食ってるな!等です。
散らすと飽きが来なくて良いです。
カレーやシチューは1ヶ月に1回にする等、何かを固定すると組み立てやすかったです。
また魚のレシピが少なくなりがちなので、まずは魚を設置してみるといいかもしれません。
主菜も副菜も夜に食べきってしまうのではなく、基本的に翌日の朝食とお弁当でも食べています。
金曜の主菜5は翌週月曜日の朝食とお弁当にするので、金曜分と月曜分に小分けにして冷凍すると尚良いです。
私は面倒なので金曜分をまるごと解凍して夕食に出し、その後粗熱を取って再冷凍しています。(あんま良くない?)
献立表を組み終わったらレシピのPDFから画像ファイル(PNGやJPEG等)を作成して、Googleドライブのようなクラウドストレージに格納します。
PDFを画像ファイルに変換するアプリケーションを使用したり、私はScreenpressoを使用して切り取っています。
https://f.hatena.ne.jp/lyri/20240523114245
これは4周目のフォルダです。1ファイル700KBくらいでした。サイズは600×600くらい。
文字が読める程度の解像度と読み込み速さを確保できれば良いです。
1レシピずつ参照しながら必要な食材や調味料を書き出します。使用個数まで書いておくとわかりやすいです。
→合計で1個あれば足りるね!使い切りたいから野菜南蛮に1/2個使うか!等の計画を立てられます。
記録は私はGoogleKeepを使用しています。PCで書き出し、店舗ではスマホで閲覧します。
材料は一旦全部書き出して、冷蔵庫に残っているものがあれば消していきます。
例えば私は玉ねぎ、にんじん、じゃがいもは袋で買っていて、冷蔵庫に残っていることが多いので照合します。
調味料は滅多に無くならないので書き出しの際に省略することが多いです。(使い切った時の達成感すごい)
そうするとリストを上から順番に追っていくだけで買い物が終わります。
野菜→魚→乾物→肉→乳製品みたいなざっくりとした順番で大丈夫です。
クラウドストレージに保存した画像ファイルを見ながら進めます。
収納ラック等で1段高い位置にスマホを置いて、調理場所を広く確保すると汚れないので良いです。
余談ですが包丁とまな板は2セット用意して野菜用と肉魚用で分けています。
以上です。
普段喋り言葉で草生やしまくりのブログ執筆やツイートしかしてないので至らない部分があったらご指摘ください。
最後に、私が実際に運用している献立表のジャンルと一部の野菜のばらつきを見える化した一覧表をご参考までに。
https://f.hatena.ne.jp/lyri/20240524094732
ジャンプ+のケントゥリア、期待して読んでいたものの4話まで来てかなり酷いなと感じた。
作者の力量にすら疑問符が付く内容だった。
働き口を探す気になり近くの村を紹介してもらう。
ところが村のリーダーから「お前には信用が無い」「足手まといは村全体の負担になる」と言われて
テスト内容は「崩落した穴の土石を一人で運び出してみろ」というもの。
夜中には仕事を完了して見守っていた村人達も感嘆、労働者として認められる。
…これもうすべてがおかしいでしょ?
どこの世界でも第一次産業では子供に手伝わせるし何ならその為に子供を作る。
「とりあえず小石運びとか雑用からやらせてみて勤まらなければ帰す」でいいわけで
わざわざテストなんか課す理由はどこにもない。テストだってコストがかかる。
現代で試用期間だの面接だのがあるのは労働者の権利が守られてるからであって
奴隷上等のこの世界なら一日働かせて「「この役立たず!給金なんかねーぞ帰れ!」でいいから
・ダメな奴にやらせられる仕事がないどころか触らせたことで台無しになる可能性がある
みたいなことはあるんだけど、作者はその現代日本の感覚のまま話を考えている。
自分の作った世界の諸条件に合わせて人物の行動を考えるということが出来てない。
ユリアン少年は村のそばで半年間生活していて、同居して面倒見てくれてたのは先述の兵士。
今回の話もその兵士が村に働き口の世話を依頼している。
兵士と村人との関係も詳細は不明だが、こういう話をするぐらいの関係ではある。
その兵士が身元を保証する少年を労働に使ってやってくれって言ってるのにこの対応、
「村人が兵士に相当険悪な反発心を抱いている」みたいな設定があるならいいけどたぶんないでしょ?
「有難いお申し出ですけどこの子はちょっとまだ小さいようで…」と兵士に談判するか、
兵士の顔を立てるために誰でも出来る雑用を与えるかとなるはず。
人間関係や社会的な行動についての想像力が相当低い(たぶん実体験が乏しい)。
暇すぎるだろ。
なんでよそ者の子供一人のテストに村人があんなに集まってるの?今日はまつりか?
一個目の時も背景にどう見ても数十人単位でいる。
半分まで行った時にもまだ同じ密度でいる。
ユリアンが石を運び終わった夜中にも同じ感じで村人が沢山いる。
新入り労働者のクオリティに「村の足を引っ張るんじゃないか?」ときついテストしてくるほど生産性に厳しい村の人間が
何十人も朝から晩までくだらない石運びテストを興味深く見守っている。
そんなに暇なのもおかしいし、そんなものに関心が続くのもおかしい。
これ本当に何も考えずに絵を描いてないだろうか。
主人公ユリアンにとってこの石運びが死んだ仲間やディアナ母への決意表明だったとしても
そんなことは他人には関係ないし伝わってもいないのだから、外から見ればただの石運びなので
ただただ退屈な石運びを見つめ続けられるわけもないし心を打たれるわけもない。
村人の視野とか村人の都合とか村人の思考とかを想像する能力が無く
ユリアン君が頑張ると村人がずっと一緒に見つめ続けて感動するという有り得ない展開になってる。
これは精神的発達段階としてはかなり未成熟段階の認知だと思う。
絵が素晴らしく巧みなのでギャップがあるが、描かれてるものだけ見ると相当稚拙なんではないだろうか。
全然裏切らずに命を捧げてくる奴隷仲間の時からなんか変な感じが漂っていた
(が、善良ベースな世界を描いているのかなと保留されていた)部分が
もちろん、裏切り者が出てくれば成熟した精神世界だとか言ってるのではない。
そうではなくて各キャラに独立した都合や思考が想定されているか、その上でユリアンに命を託してくれているのか、
と言う話をしている。
つまりただただた絵と内容が合ってない。
上手い絵で粗い内容を読まされると人間心理としては段々不快感やイライラがたまってくるので
このままなら『ケントゥリア』はそのうちアンチ的な感想が増えて叩かれるようになると予想する。
今はまだ『ケントゥリア』が期待され持ち上げられている段階なので
怪獣8号も2話3話で「これは期待外れかも」「普通の漫画になってしまった」と書いたら
作者は絵に対して真面目で打ち込むタイプに見える。
描かなくていい村人を描いちゃうぐらいには絵に賭けてる。
もしかすると実は内容が薄い自覚があって絵だけでもと思ってるのかもしれない、
けれども作家としての成長を考えるなら&『ケントゥリア』の成功を考えるなら
というアプローチが良い気がする。
粗い内容は粗い絵の方がいい。
そんな仕事関係もあってか、私が友人の方に行くことも、都内に住んでいる友人に会うこともここ数年は憚られた。
けれどコロナが第5類になって、医療現場もルーティーンが確立し、かなり余裕ができたため、友人と会うことに。
コロナ禍に入る前のアラサーと呼ばれた頃、互いに恋人はいないし自分のことで忙しいしで、一生独身かもと笑い合った。
久々に会うから、何か変わったかと聞いたら、結婚したから名字が変わったと言われた。
は?
けっこん??
頭の中では?が四方八方に散らばり、私の意識は宇宙のかなたまで放り出されそうだった。
実際は独身仲間が一人減り、孤独のかなたへ放り出されたのだけど。
彼氏いたの?
→友達以上恋人未満な人がいた
付き合ってたの?
→付き合ってないよ
いつ結婚したの?
→3年ぐらい前
えっ、な、なんで……
→その人が海外勤務で、何かあっても家族じゃなければ生死がわからない
マジか……以外の感想が出てこなかった。
知らんかった……。
向こうは私が医療従事者で、コロナ禍でてんてこまいだから、今伝えるのもなんか違うと思ったらしい。
言ってくれ。
その時言ってくれた方が、傷は浅かった。
来年アラフォーと言うこの時期に言われた方が、傷が深いんだぞ……。
とりあえずおめでとう。
は?一緒に住んでない?
家は別?
なんで????
昨日から、NewJeansのプロデューサーであるミン・ヒジンと、元締めであるHYBEがこれでもかと揉めている。詳細は適当に調べてくれればいい。
そのとばっちりで改めて「NewJeansおじさん」がきもがられているわけだが、というのも、このニュースに注目して物知り顔で物申しているのがもれなくこの層だからだ。そもそも、ミン・ヒジンという裏方にやたら関心があるのもNewJeansおじさんたちの特徴であって、「にゅじたちが心配😭」とかつぶやいているようなティーンたちは、ミン・ヒジンが誰なのかもろくにわかっちゃいないだろう。
念のため、きもがられているNewJeansおじさんが中年男性である必要はない。ある特定の性質を持った人は誰であれ「NewJeansおじさん」なのであり、非おじさんにきもがられる立場にある。
この性質がなんなのかといろいろ考えてみたのだが、一言で言ってしまえば、「NewJeansを作品として鑑賞しようとしている」ということになるのかもしれない。NewJeansおじさんたちはもれなく鑑賞者であり、非おじさんたちはそうではない。
要は、おじさんたちはよくできた作品を求めているのであり、その価値を堪能したいのであり、それをもたらした作者や文脈について知りたいのだ。なんなら言葉を尽くして批評したい。
残念ながら、ティーンたちからすればおじさんたちのこのようなふるまいはかなりきもい。非おじさんたちからすれば、肝心なのはまずもってメンバーたちであり、そのかわいさであり、人生である。推しの幸せが一番なのであって、彼女たちをひとつの作品の一部としてモノ化する視線をそもそも持っていないのだ。
ここには、決してわかり合えないふたつの態度がある。おじさんたちはNewJeansメンバーたちのVlogなんて見ないし、非おじさんたちはミン・ヒジンのインタビューなんて読まない。
いま、NewJeansはミン・ヒジンを追ってHYBEを去るか、ミン・ヒジンと手を切ってHYBEに残るかという選択を実質的に迫られている。言うまでもなく、おじさんたちがより望んでいるのは前者であるが、おそらくティーンたちにとってより好ましい帰結をもたらすのは後者だ。ミン・ヒジンの世界観、おじさんたちを引き寄せていたあの芸術性を失うことは、芸術作品としてのNewJeansの終わりを意味するが、「推す」側はそもそも芸術性なんて気にしていない。非おじさんたちはなんであれ愛を注ぐのだから、GODSみたいなクソしょうもない曲を連発して人気が停滞したところで、愛がより加速するだけだ。
おじさんばかりがきもがられるのであえて言うが、対象のクオリティを度外視してひたすら「推す」というのは、それはそれで無責任だし傲慢なふるまいだ。
「かわいい」「頑張ってる」ぐらいしか評価軸を持たないファンたちは、今回の件がこじれてNewJeansがいよいよ落ち目になったとしても推し続けるのだろうが、それにだって限度がある。そのうちどうせ、ILLITなんかに乗り換えるのだろう。
そして本当にひどいことに、HYBEに代表される大手企業は、このような乗り換えを推奨するかのごとく次から次へと新人グループを量産しては既存のグループを切り捨てていっている。良い作品を良い作品としてじっくり長く嗜む、という鑑賞的態度が廃れているばかりか、「推し」に対立する態度としてけなされている現状が、このようなビジネスモデルを助長していることは言うまでもない。
いくらかわいくて頑張っていても、作品として劣っていては意味がないだろうと、そう思う私はNewJeansおじさんである。多少なりともそう思うのであれば、あなたも多少はNewJeansおじさんである。
この手のクッキーって、旅行先の土産物屋でよくある「北海道に行ってきました」プリントのクッキーと同じだろ。
センス無い(六花亭やもりもとのお菓子に比べて、もらってもあまり嬉しくない)のはともかく、ツイッターに写真上げてまでたたくことかよ。
無視して食わなけりゃいいだけだろ。
というか、この手の「もらったものに公の場で文句を言う」って、男ではほとんど見られず、ネットで見るのは女ばかりが言ってて、
かつての「デートでサイゼリア」「プレゼントのジュエリーが4℃」もそうで、男だと「おごって貰えた、プレゼント送ってくれただけで嬉しい」となるところなんだよね。
いかに女が「貰えるのが当たり前」な恵まれた立場で甘やかされて感覚がマヒしてるかの証左だと思うんだよね。
というかこの手の
「一部少数の感受性豊かな(変な)女性達が、個人的なお気持ちである自分の不快感という感情の原因物を身の回り(=社会)から排除するために、「女性への配慮が足りない」「〇〇のことを考えろ」という心にもない建前を持ち出して無理やり社会全体の問題として火付け炎上させようとして、その無茶な理屈建てを批判される」
というパティーン、スープストックや産休クッキーよりもずっと前から、男性向け創作物(表現)では何度も繰り返されてきてるよね。
「そうだそうだ、この表現は問題だ!この表現を肯定するのはアンフェ、女性差別、キモいオタクだ!」
て火付けの肯定(レッテル張り)ブコメが多数ついてスター集めて上位ブコメになってたよね。
私はもーさ
飲みに誘わないでって思うんだけど、
って思うと一気にペースが乱されてしまいまくりまくりすてぃーなのよ。
帰ってもうばたんきゅーで即寝だわ。
一応最低限化粧とかは落とすけど、
モーそれさえも止めてすぐ寝ちゃいたいぐらいな夜!
くー、
このくーって感じが川平慈英さん的にいいながら目頭を押さえたい気分なのよ。
なにもこの生産性のない
いや生産性ばかりが全てとは言わないけれど、
そんな鬱憤をハイドラントの火力に任せながら私はログインボーナスをもらうべく、
忙しい夜の時間を日々こなしているのに、
ペース乱されちゃうわ。
まあそう思ったわ。
幸い飲み過ぎなかったのが幸いかしらね不幸とは思ってないけれど。
ため息はつかないようにはしたいけれど、
いやつかないわ!
夏に向けてこれを今貯めたらいつ貯まんの?って思うのよ。
今からこれで負けていたら落ち込んでいたらと思うと先が思いやられまくりまくりすてぃーよ。
忙しくなるに向けて
もう他のスピナーが物足りないぐらいな身体になってしまったわ。
他のスピナーもいいけど、
飛距離が弱い
射出時間が短い
火力が無い
例えそれが
カニタンクでもウルトラハンコでも立ち向かっていける唯一のブキ!
チャージ完了してグルグル鳴っているハイドラントを持った私の前には立たない方が身のためよ。
もう今シーズン中に
その意気揚々とした感じはとにかく自信の表れよ。
とにかく凄い自信なの!
うふふ。
負けてらんないわ!
昨晩遅くなる飲もう分かっていたから
鮭おにぎり!
力みなぎる鮭おにぎりよ!
今日もこれ食ってやるっきゃないとよ。
はー頑張るわ。
炭酸のシャキッとした感じでシュワッとした感じが炭酸っ!って感じよ。
元気よく行きたいわね!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
なんかアニメの内容の雰囲気をアーティストが独自解釈してOPEDソングにしたみたいなやつが「深い。」とかなってる問題についてなんだけど
そういうのは全然いいんだけどやっぱそんな中にも2パティーンあるというか個人的な受け取り方が2パルパティーンあるというかまあどっちでも同じことなんだけど
自分がそれらにひとつ求めるとしたらそれは「アニメの方を向いたもの」じゃなくて「アニメと同じ方向を向いたもの」であってほしいということなんよな
アニメの内容や世界観を語るんじゃなくてアニメが伝えたがっているものを一緒に伝えてきてほしいのよ
だからイチイチ歌詞になんかアニメの内容と符号するような用語をこれ見よがしにちりばめたりせんでもいいというか、
究極いえばアニメと方向が合ってればべつに書き下ろさなくても既存曲であってもいいわけよ
これはなんというか公式アニメグッズにアニメのロゴとかキャラクターがデデーンて書いてるよりアニメに登場したそのままのモノをグッズとして出してほしい派の気持ちと似ているかもしれない
まあどっちも作品愛があるとは思うんだけどこの作品好きですマジLOVE!っていう愛とこの作品と同じ気持ちですLOVE!っていう愛はやっぱ別モノなんだよな。
・
・
・
3つどころか1つも思い浮かばない
(追記)
アンケート増田禁止条約につきましてはモノローグの体をとっておりご指摘はあたらないものと考えております
フランス国歌のラ・マルセイエーズとか。スペイン国歌の国王行進曲って言いたくなったけど歌詞がないインスト曲を挙げるのは違うもんね。
ラ・マルセイエーズってマルセイユの歌って意味だっけ?マルセイユ自体がギリシア語マッサリア由来だとはわかってるけどその語源はわからないらしいな。さらに謎。
マルセイユといえばたぶん関係ないけどマルセイバターサンドも「六花亭」という店名があるのに「マルセイ」のほうが妙に存在感があってなんの意味なのか謎なことが有名だよな(ほんとに関係なかった)
おお、宇多田ヒカルの人間活動宣言後の路線展開とあわせてこの傾向強まった感あるよな(評論家気取り風コメント)
出てこない……わけじゃないんだけど、「出てこない」ことをネタにしたのが「マシマロ」 https://www.uta-net.com/song/12249/
本文と関係ナイッってあったな。このエントリで言えば本文と関係ないマルセイバターサンドみたいな感じだな
「黒毛和牛上塩タン焼680円」MVで焼き肉してるから肉って印象はあるけど、歌詞だけ聞いたら肉を食べてるかすらわからない。わりと長めなタイトルだけど1文字も出てこない
歌詞登場しない系にも2パティーンあるというかワイの受け取りが2パルパティーンあると思うんだけど「まあさすがに登場せんやろな……」みたいなのと「えっコレ登場してなかったけ!?」みたいなんがあるな。
黒毛和牛上塩タン焼680円はさすがに登場せんやろ系、チェリーとかはえっコレ系。
勝手にシンドバッドがまず浮かんだ。栞のテーマ、TSUNAMIもか/歌詞が特徴的なミュージシャンだと割と頻繁にある気がするけども。くるりとかキリンジとか、スピッツとか/元を辿ればはっぴいえんどかも。
大谷選手のスキャンダルだが、日本では報道されすぎて大谷アレルギーを発症している人も多いらしいと聞いた。
しかしカルフォルニアに留学している俺から見ると、多分こちらでは日本以上に報道されまくっている。
注目すべきなのは、普段野球なんて報道しない類のメディアも連日取り上げていることだ。野球のルールすら知らないが、今回の「オオタニ・ゲート」は知っているという現地人も多い。
というのも、そもそも大谷の主張を信じている友人を俺は見たことがない。あまりにも怪しすぎて報道するだけでもウケるスキャンダルと化してしまった。
ということで、この記事では現地の雰囲気と主に注目されている話題を書く。
今回の事件は、FBIが違法賭博業者を捜査している一環で、大谷の口座からの直接送金があったことに行き着いたという流れになっている。
そういうことなので、FBIの主目標は違法賭博業者の摘発であって、大規模盗難事件ではない。
そこで大谷は「捜査機関に被害をReportした」と主張しているわけだが、ここがツッコミどころの一つ。
そもそも現時点で、州警察もFBIも、どこも盗難事件を捜査していない。
そもそも「被害を提出した」というのはかなりおかしな話で、大谷はどこの捜査機関に提出したのかの回答を拒否し、提出の証拠すら拒否しているため、もはや大谷が被害者であるということは「本人の主張」としか思われていない。
弁護士が介入している時点で、もはや誰も事実を聞けるとは思っていない。どれだけ利益を最大化するかという話だからだ。
その意味で、「ストーリーの一貫性」というのはかなり重要視される。
今回の事件では、水原の信用できない話を抜けば、大谷側が主張があまりにも変化しすぎというのがツッコミどころ。
例えば会見で球団長が「大谷が肩代わりした」と言ったと思えば、次には「盗まれた」と言っている。
ストーリーの一貫性、論理性が保ていないのに、それを大真面目に主張しているのだから、もう誰もが嘘をついているという前提に立って、「裏」を好き勝手に推測できる状況になっている。
俺として大いに疑問なのは、この件には危機管理の専門家や弁護士が最初からついていたはずなのに、どうしてここまで酷いことになったんだろうか?ということだ。
俺が現地のメディアを見ていてよく目にするのが、この「30歳の責任ある大人理論」だ。
論調的には
「〜という理由で、オオタニは自らが大規模盗難事件の被害者であると称している。
……しかし今年30歳にもなる社会的責任を持つ大人が、大金の管理をお友達にしてもらい、諸々の書類を一切目にせず、数日前まで完全なる無知であったとは、一体どういうことなのだろうか……?」
という感じになる。
これは実に面白い論調で、メディアは文脈からして小馬鹿にしている雰囲気が感じ取れる。
そもそも通訳に生活のほとんどを頼っていて、ティーンのようにお金の管理までしてもらっているとすれば、それはあまりにも面白すぎる話になる。
金があるなら会計士や税理士を雇って、自らの金銭を適切に管理する「社会的責任」を持つというのが当たり前の価値観として存在する(そうじゃないと、今回のように反社会的な組織に金が流れても責任を待たないということになる)。
CNNがライブ中継するほどで、一体どんな面白いストーリーが出てくるのかに注目が集まっていた。
見出しには「大谷、ショックを受ける」「大谷、悲しむ」と書かれ、これ自体が雰囲気として、ちょっと理解できない謎の会見と思われた。
筋道の通ったストーリーを弁護団と練って発表するのかと思えば、「つらかった」「かなしかった」というティーンでもリジェクトされそうな発表が飛び出し、一体これにはなんの意図があるのかと議論されるぐらい謎であった。
しかし日本のメディアを見ていると、この大谷の会見で「信じる」日本人は多くなったらしい。俺は日本人なので、ある程度は理解できる。つまりは日本では信仰の問題になったということなのだろう。それでいいのかはわからないが。
しかし知りたいのは大谷の悲しみではなく、「違法賭博業者への送金履歴」という事実に関して、どのような論理的なストーリーを提供するかということなのだ。