はてなキーワード: 一番搾りとは
それから付き合ったり別れたり、他の人と付き合ってまた別れて付き合ったりして、結局2年前から同棲。
同棲後もいろいろと紆余曲折があったけど、それなりに幸せな日々を送ってきた。
熱病のような恋愛という時期は過ぎ、穏やかな愛情を感じあう関係には移行できていると思う。妊娠したら結婚しようと話しているけど、あまり妊娠しにくい体質なのか、子供は出来ない。正直なところ結婚のメリットはよく分からないけど、何かきっかけがあったら子供が出来なくても結婚するかもしれない。
A君は今時珍しいぐらいに固く自分のことはしゃべらない男なんだけど、私が参加しなかった飲み会でぽつぽつと彼女にだけ自分語りをはじめたらしい。もともとA君に興味のあった彼女は、A君とばっくれて二人だけで二次会を。それから、会社の帰りにちょくちょく会ったりして、とうとう今日の帰りがけにキスされたと。
で、普通に考えると、なぜそれを私が知っているのよ?という話になると思う。
うまく説明できるか分からないのだけど、そういったことも全部話し合えるくらいに、彼女とは仲がいい。それってどんな仲の良さよ、と言われそうだけど、お互いに付き合いが長いので、なにか変わったことがあるとすぐ気付いてしまう。飲み会で前カノと久しぶりに出会っちゃったりすれば、「こいつ女と会ってきたな」と気付かれ、翌日とうとうと報告する事になる。逆に彼女が帰りがけにキスされて帰ってくれば、「男がらみでなんかあったな」と、私も気付く。たぶん、このところ話題によくのぼるA君だなと思って、鎌を掛ければ一発。彼女のもっとも新しいの恋バナを洗いざらい聞くこととなる。とりあえず、その恋愛やめて欲しい、とりあえずやるのは回避してくれと強く訴えてみるけれど、これまでの長い経験上、意味がないこともよく知ってはいる。早くこの熱が冷めないかなと願うことしかできない。
とはいえ、同棲は「生活」なので、彼女がキスして帰ってこようが、他の男とやらないでくれと懇願しようが、ご飯は食べるし風呂にも入る。のんびりとレコーダーに貯めたテレビを見ながら彼女とビール飲んで、ついついキスをしてみれば、いつもと同じ一番搾りの味がする。別に、A君の味がする訳じゃない。そのままセックスに移行しちゃおうかなとも思うけど、今やったら彼女の頭の中にはA君が出てきそうなので、押し倒さずにビールをもう一本取りに行く。
彼女はA君とやっちゃうだろう。
やらないと落ち着かないところまで、もう来ていると思う。A君にキスされちゃったと、赤い顔に大書きして帰ってきたあの姿を見る限り、もう引き返すことはできない。こうやって一緒にいるときも、彼女の頭の中にはA君とのセックスが潜んでいる。あの固いA君と彼女がどんなセックスをするのだろうと私も空想して、腹が立ち、悲しく、でもちょっと欲情する。
10年以上、私たちは何度かこういうことを繰り返してきた。別れてみたこともあるけど、結局また付き合うことになる。たぶん、今度も同じ。別れても意味がないし、経済的にもデメリットが多すぎる。このまま一緒に暮らしながら、彼女はA君と付き合うことになるだろう。私と一緒に朝食を食べ、私以外の男に逢いに行く。私は家でのんびり本を読み、彼女はA君とセックスにいそしむ。
腹を立てて別の女の子と遊んでみたこともあるけれど、どうも面倒で長続きしない。残念ながら、もう私は彼女としか付き合いたくない。だから彼女とも別れたくない。どんなに他の男とセックスしようと、彼女が私と付き合い続けようと思う限り、この関係は終わらない。そして彼女は私とは別れない。なにも確証はないけれど、それはぼんやり信じている。
彼女が何を思って私以外の男と恋愛するのか、考えたことはもちろんある。けれど、正解はわからない。たぶん、彼女にもよくわからないのではないかと思う。とても聡明で己を律することが得意な人なのに、人の愛し方だけが少し歪んでいる。
他の男と恋愛しているときでも、私への愛情はある。うぬぼれるなよと言われるかもしれないけど、自分が愛されているかくらいはわかる。他の男を愛している時も、私は唯一の存在として大事にしてくれる。けれど、私だけを大事にしてくれと言う願いは聞き遂げられない。私とはまた違う形で、彼女は他の男を大切に扱う。彼女はそれをやめることが出来ない。
A君と会ったらどういう顔をすればいいんだよと、上から目線で説教しながら、風呂上がりの冷たい髪の毛をなでる。彼女はされるにまかせて、A君はどんな顔するんだろうねと、のんびり話す。一番搾りを1リットル消費した脳みそがぼんやりと、やっぱり彼女はかわいいなとか思ってる。たぶん、やっちゃったらやっちゃったで、避妊だけはしてくれとか、馬鹿なお願いするんだろうな。それを思って、また少し腹が立つ。部屋着にしているTシャツのルーズな襟ぐりから、少し赤らんだ柔らかな乳房が見える。ついつい欲情する自分にも腹を立てていたら、彼女がごろんと横になって、私の脚を枕にした。
おそらく、彼女たちは3ヶ月か半年くらい付き合って、その関係は終わる。
私たちの関係はそれも消化して、まだまだ続く。
なんの確証もないけど、かすかに脚に感じるこの寝息を、信じるしかない。
たぶん。