手の届きやすいところに道具が置かれていて、みんながみんないろんなコンテンツを作っている
現に私は小学五年生の時に初めて筆を握った、見るに堪えない絵ばかり描いていたが当時からすれば力作も力作で、嬉々としてイラスト投稿サイトにアップしたことを覚えている
今では高校一年生、当然私もいくらか技術力が上がり、今は絵と動画の制作をしている
が、上手い みんながみんな上手い
そりゃもちろん青臭い自分と違って長く長く制作を続けてきた人もいるし、そもそもものづくりに触れている時間の長さと濃度が違うというのもあるが、上手いものは上手い
ほんの数年絵をごにゃごにゃ描いてきた自分なんかじゃ到底追いつけない高みに自分と変わらないくらいの知らない人間が突っ立っているさまを見るのは、わかっていても苦しい
絵だけじゃない、ぼさっと聞いているだけじゃ入ってこない裏に詰められた音色や声への祈り、願い、怨念、その全てを何も知らない人間へも伝えられるほどデフォルメ化され突きつけられる、このことがどれほど苦しいか
依頼が来た時もだった、嬉々として依頼を受けいざ描き終えて、トップページに戻って、新着欄を見たときに思った。
描いた絵がやけに地味だ、その上尖りがなくてダサい、いつも描く時はそうじゃないのに、少し考えてすぐ辿り着いた 私は個性を殺したのだ
トップページにずらりと並ぶクリエイターたちは違った、自分を生かしていた だからキラキラと輝いて見えたのだ
私は今、年齢を隠して活動している 年齢ひとつで自分の作品への目を変えてほしくないというのと、扱いを変にしてほしくないからというのもある
だがたまに「いっそ明かしてしまおうか」と思うことがある 絵だけじゃ追いつけないからだ
未成年というブーストをかけて絵をもっとよく見せようとするのだ、どうしようもないバカだ、自分でもわかっている、けれどもそれに縋りたくなるほど、今のコンテンツは先進化している
私は誰にも追いつけないまま老いぼれて死んでいくのだ
中学二年生の私に縋ったまま死んでいくのだ
書き続けた奴だけが生き残る世界や。 書けよおっさん。