今話題の共感性について、配偶者がまさに共感性の欠如的面を持っているので勝手に語る。
この話は傾向について述べるのみで特にオチや結論はありません。
当初ホットエントリした話題については、ツイ主が癇癪を起こす点が問題であったと思う。
癇癪を起こす事が無ければ、それは多様性だよね的な。
ただ、なぜこれだけ話題になっているのか?という点において、私なりに推測するに
共感性の欠如した人間と共感性に富んだ人間が親密になる事が多い
からではないだろうか?
文頭に話が戻るが、私の配偶者も恐らく共感性の欠如が見られるタイプの人間だ。そして私は共感性の高い人間だと思う。
そして夫婦喧嘩がとても多い。ホットエントリしたような内容でよく揉める。
恐らくこのタイプの人間が親密になると揉める可能性が高い。求めるコミュニケーションが違うからだ。
ならば揉め事を起こさないためには一緒にいないほうがいいのでは?と思う。だが皮肉なことにこの組み合わせは親密になる事が多い。
共感性の高い人は人と話す時、相手から話しかけられた内容を理解しましたよという前置きをつけた上で自分の感想まで話す。
共感性の低い人は、相手への説明が上手くないので(相手の立場に立った説明ができない)
自分の話した話がうまくまとめられていたり、イエスノーで答えられる程に情報を与えてくれる共感性の高い相手に好感(もしくは居心地の良さ)を感じる傾向にある。
共感性の高い人間は、基本的に与える情報量が多い。理解したことを伝えよう、自分の感じた事を伝えようとするからだ。
この行動は、当然ながらまどろっこしく感じる人間もいる。端的に話してくれ、と言われる例がそれだと思う。
相手の理解を求める事が念頭にあるのではなく、聞かれたことに回答する、結果をアウトプットする事が彼らなりの表現だからだ。
これに対し、だからどうしてそうなったの?結果だけじゃわからない。と言われる例が、このようなタイプと噛み合わない人間だ。
こう考えると、両者はお互いに補完し合えるのだ。
共感性の低い人からすれば、情報量が多いと回答しやすいと感じるし
共感性の高い人からすれば、自分の長くなりやすい話題に最後まで付き合ってくれるなと感じる。
だから、浅い付き合いでは仲良くなりやすく、次のステップへ進みやすい。
だが深くなってくるとこうはいかない。
共感性の高い人は、どうして私を理解してくれないのか、冷たい、何を考えているのかわからない、と感じるようになるし
共感性の低い人は、あなたのように上手く自分の気持ちを表現できない、これが自分の限界だ、となる。
今もって私がその渦中にある。
どうしてこんなにわかりあえないのに惹かれあってしまうんだろう。どうすれば分かり合えるようになるんだろう。
うちの夫婦はもう夫婦として限界かもしれません。こんな夫婦多いんじゃないかな、なんて思ったので思ったままにかいてみた。。。
共感性が低く社交性は高い人間が一番厄介じゃない? それよりマシと考えよう
生産性が高く、社交性が高い人間のほうが厄介。 まさか、生産性が高いって褒め言葉だとおもってないよね?
思ってない。てか気にしたことなかったわ。なんか劣等感でもあるの?