訃報を聞いて最初に浮かんだ言葉は、「先を越されてしまった」だった。
何年目かの法事。喪主の伯母の代わりに挨拶をしたのは、親族の中の代表的な存在の人だった。
その一言を聞いた時、何て残酷なことを言う一族だろうと思った。
遺族の事を考える余裕があったら死ねない。
その思考ができなくなるだけの絶望が、彼女にはあったはずなのに、
何故それを想像することができないのだろう。
その代表の言葉に誰も言及しなかったあの異質な空気が、私の頭の隅に記憶として焼き付いている。
でも、従姉妹の死に「先を越されてしまった」と思ってしまった自分も、
その残酷な一族の血を色濃く継いでしまっていることに、最近気づき始めた。
表面上で良い人を取り繕っているだけで、結局は自分の事ばかりだ。
過去の失敗経験がフラッシュバックするようになってから、そんなことを思うようになった。
しかし、今更性格を直したいと思っても、そんなことがすぐにできる筈もなく、
うちの家族も、私が死んだだけでああして露骨に馬鹿にされるのだろうかとか、
そんなことを考えずに、とっとと死ぬべきだった。
無自覚な害悪としてのうのうと生きていける自信が、今はもうない。
開き直って生きるようになる前に、一思いに死にたい。