ヒロコはそう言って僕の手からNintendo Switchのコントローラーを奪い取った。
「これからのことって?」
僕は少し苛立ちながらも、ことを荒立てるのは得策ではないと思い、返事をする。
以前、オンライン対戦は味方に迷惑がかかるからとゲームを続けたときは
「私よりゲームの味方が大事なの?」と怒らせてしまったことがある。
視界の端でゲーム画面が動いている。
顔も知らない味方たちが、動かなくなった僕を急かすように「カモン!」と連呼する。
「結婚とかさ」
ヒロコは震えていて、そのくせ力強い声でつぶやいた。
まるで何年も掃除していない排水口の汚れのように、耳にこびりつく。
ついにこの時が来たかと、僕は身構えた。
結婚したいという気持ちはあるが、自分の時間がなくならないか、経済的に大丈夫か、そんな不安が消えずにずっと先延ばしにしてきた。
「それって、プロポーズ?」
ヒロコは一瞬なにか言いたげに口をモゴモゴとさせたが、やがて不満そうな顔で「もういい」とだけ言い放って自室に戻っていった。
何か不味いことを言っただろうか。
ヒロコとの会話は、いつも正解がわからない。
僕は急いでコントローラーを拾い上げ、絶望的な戦況のガンガゼ野外音楽堂へと意識を戻す。
前半でカウントを稼いでいたので、ギリギリのところで持ちこたえていた。
僕は謝罪の意味も込めて「ナイス!」と味方に声をかけヤグラを止めに走る。
試合時間延長を告げるブザーが鳴り響き、ステージに緊張感が走る。
やがて味方と息を合わせて敵を全員倒し、「ナイス!」と連呼しながらヤグラを奪った。
即席の一体感に快感を覚えながら、噛み続けて味のなくなったガムのような薄い勝利を噛みしめる。
(結婚か……どうしようかな……)
今のままの関係も心地いいじゃないか、同棲してるし結婚しても何も変わらないんじゃないか、頭の中で言い訳がこだまする。
僕は答えを出せないまま、出すつもりもないまま、何度も押してきた「つづける」のボタンを押す。