2019-08-09

恐竜の成長は早い

洗濯物を取り込もうとして窓を開けたら、ベランダの隅に恐竜がいた。

恐竜を見るのは初めてだったが、第一印象はそんなに怖いものでもなかった。薄明かりの中で鱗がキラキラと光っていて、まるで黒いガラス玉を全身に撒いたようだと思った。

恐竜の方も私に怯えているような様子はなく、少し首を傾げてこちらを見ていた。まだ子なのだろうか。

ちょうど冷蔵庫に鶏の胸肉があったのを思い出したので、「ちょっと待ってて」とジェスチャーで合図して(伝わるわけないが)、冷蔵庫から胸肉を持ってきた。恐竜の前に差し出すと、パクッと器用に歯で挟んでそのまま見る間に一呑みしてしまった。

食べっぷりといい、呑み込む時に見えた綺麗に並んだ鋭い歯といい、やはり肉食なのだなと思った。

恐竜はまだ私の方を見ていたが、私が「もう無いよ」と言うと、手すりに脚をかけてそのまま下の駐車場ジャンプして、トットットッと軽い足取りでどこかへ行ってしまった。街灯に照らされた姿は誰がどう見ても恐竜だったが、幸い自分以外に見た人はいないようだった。

次の夜も恐竜は来た。

私が居間テレビを見ていると、窓をコツンコツンと硬いもので叩く音がしたので、もしやと思って見ると昨夜の恐竜だった。

そしてまた同じように首をかしげるので、私は昼間のうちに用意しておいた豚バラ肉を一枚一枚恐竜に与えた。恐竜はそれをまた美味しそうに食べた。そして食べ終わるとまたどこかへ行ってしまった。

それからは毎晩、恐竜に肉をあげるのが日課のようになった。恐竜は私の用意した肉を平らげ、またどこかへ帰っていった。そして、いつのまにかその後ろ姿は着実に大きくなっているように見えた。

この恐竜はどこまで大きくなるのだろうか。夜のうちはまだ暗いか大丈夫かもしれないが、昼間はその大きくなっていく体をどうやって隠しているのだろうか。

神社境内の裏手やビル屋上の隅に、その大きな身体を蹲ってじっとしている。褐色身体の中で、目だけが細く開いている。そんな姿を想像せずにいられなかった。

恐竜最初に来てから1月ほど経った夜、私がいつものように肉を持ってベランダへ出ると、そこに恐竜はいなかった。30分待っても来なかった。そして次の夜も恐竜は来なかった。それからの晩、恐竜が来ることはなくなってしまった。

私は冷蔵庫にある肉類を見つめて呆然としていた。なぜ彼は来なくなったのだろう。

きっと、恐竜自分食べ物調達できるくらいの大人になったのだと思った。そして私の助けを必要としなくなったのだろう。

まりは巣立ちをしたのだ。

おそらく自分がもう巣立ちできるくらい大きくなったことがわかった恐竜は、昼間は隠れて夜に食べ物をもらう生活を止めたのだろう。きっとこの街を捨ててどっかへ旅に出たのではないかと思う。

ベランダから外を見ながら、私は日本のどこかの山奥の森で、誰の目にも気にせずに過ごす恐竜想像した。きっとのびのびと暮らしているのではないかと思う。

もし、山の中で恐竜足跡を見つけたり鳴き声を聞いたり、もしかしたら恐竜出会った時は、誰にも言わずにそっとしておいて、できれば知らせてほしいです。

また会いたいので。

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