年々、発達障害への理解を深めようとする発信が増えてきている気がします。
なんかもやもやするのは、私の身近に発達障害を抱えている人がいるからです。
私は大学院生です。M2で、23歳。もうすぐ24歳になります。
本当にしんどいです。他の研究室のメンバーもつらいつらいと言っています。
発達障害を理解するっていうのは、私たちがうんざりするような回りくどい話し方や異常な上から目線、自分の経験則が第一と思っている視野の狭さなどなどを受け入れろってことでしょうか。
ごくまれにこっちの我慢にも限界がきて「おまえそれうざいから」って言いますが、そんなんで治るわけでもなく、言ったこちらも罪悪感が溜まっていきます。指摘の仕方を丁寧にすればいいってもんでもないと思います。
発達障害の人との付き合い方というページを見ても、結局そこで取り上げられている発達障害持ちの人はかなりまともな人が多いですし、自分と向き合ってどうにかしていきたいと思っている人が多い気がします。「発達障害」とか「アスペルガー」とか「ADHD」と一つにくくるのは無理です。
なぜ後輩を発達障害と言えるのかというと、彼は1度私に発達障害を持っているとカミングアウトしてきたからです。ただ、私はこのことを誰にも言っていませんし、他の研究室のメンバーは多分知りません。なのでまだ「まあこいつは発達障害だから仕方ないか」と思える私より、イライラしていると思います。
一般的な発達障害を抱えている人って、生きにくさを感じながら苦しんでいるタイプが取り上げられると思います。で、周りの人はその補佐をしてあげましょう的な。一種の身体障害と同じように、個性の一つですよ~みたいな。
ただ、私の後輩は攻撃性があるのです。(悪意があるかは知りませんが)
大学・大学院というようなアカデミックな環境で、かつ個性というものに寛容な環境でなければ淘汰されている存在だと思います。
なぜ理解しなければならないのだろう、普通に「頭のおかしい奴」として認識して仲間外れにして飲み会とかしちゃいけないんだろうか。