私が子供の頃は今よりペットに関する倫理道徳観念がユルかったし、家もド田舎だったもんで飼っている犬猫その他は好き放題繁殖しまくってたし、野生動物の赤ちゃんがひょんなことから手に入るチャンスも年に数回はあった。
が、そういう環境で私が学習したのは、赤ちゃんを愛でる権利というのは基本的に母親にしかないということだった。
動物の赤ちゃんにへたに手を出せば、その赤ちゃんは母親から育児放棄されるか死ぬ運命をたどる事が多い。
飼い猫なんかは母猫が人間になつきまくりだと仔猫を気前よく触らしてくれる事もなくはないんだけど大抵はそれに二度目はなくて母猫は巣を引っ越したり次の出産からはさいしょから人目につかないところで産むようになるものだった。
鳥の雛や小動物の赤ちゃんはまず人間が育てる事は出来なかった。鳥の親の様に24時間ずっと赤ちゃんの保育に自分の時間を捧げられないからである。それに赤ちゃんに必要な食べ物を用意出来ないし生き抜く知恵を授ける事も出来ない。
赤ちゃんは遠きにありて思ふもの、そして哀しくうたふものである。
と、子供の時に思ったから、私は大人になって自分の子供を産んでみた。可愛かった。でももう子供たちも幼年期を抜けようとしている。小さな子供たちとこんなに近くに共に過ごす時間はもう自分の人生には二度とやって来ないんだなと思うと寂しい。