正確には「ミニマリスト化した人の思い出」。
「ミニマリストを標榜する人にはカウンセリングを」という記事を見かけて思い出しました。「ミニマリスト」という名称もなかったころの、何年も前の思い出です。ずっと消化出来ずにいた思い出でした。
ミニマさんは大学院生でした。希望職種のインターンもパスし、修論を残すのみといった夏のある日でした。ミニマさんの部屋の前には網戸が並べられていました。網戸を洗うなんてえらいなと記憶に残っています。とても晴れ晴れとした表情で、外して掃除するととてもきれいになるのだと説明されました。よほどきれい好きなのだろうと、感心してそのままでした。そして、次の晩か、その次の晩に、共用通路でミニマさんが何かを手にしている姿が見えました。こんばんは、と挨拶をして手元を見ると逆さになった茶碗の脚にごはんが盛りつけられています。外の風が涼しいので廊下で食事をしようと出て来たこと、茶碗を逆さにしてごはんを盛ると思いのほかすてきであることを力説されました。足下には生活用品が詰められたダンボール箱が並んでいます。
引っ越すのだろうかと思いました。就職が決まると専攻によってはアパートから引っ越してゆくことが多いのです。ミニマさんは引越ですかとたずねられるとにこにこしながら、このごろ片付けが楽しくてしかたがないのだと話はじめました。捨てると清々しい気持ちになって、楽しくてしかたがないのだと。カーテンも外したのだとうれしそうです。布団も粗大ごみとして先週片付けたそうです。脚にごはんが盛られた逆さの茶碗が気になりますが急いでいたこともあってその日はそれだけ。その後、窓枠から外された窓ガラスが共用廊下に出されていたり、扉を金具ごと取り外そうとしたとかで業者さんが出入りしたり、なにやら休日なのに騒々しい朝がやってきて、それっきりミニマさんの姿を見ることはありませんでした。だいぶ時間が経ってから、ミニマさんがいろいろなプレッシャーから不安定になり体調を崩したので、通学できない距離でもない実家から通学することにしたのだと耳にしました。突然に生活用品を楽しそうに捨てる行動がはじまった場合は、もしかすると何かのストレスに曝されてつらい気持ちでいるのかもしれません。
生活スタイルとしての「ミニマリスト」が強いストレスに曝されているとも限らないでしょう。「ミニマリスト」を標榜する人がどちらであるかを容易に見分けることはできそうにありません。こんなケースもあるのだという思い出です。
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生きるのに必要な布団を捨てちゃうのって、自傷行為っぽい