何のために人間は存在して、何を目標としてこの世の存在しているのか。 科学技術は日々発展しているが、発展した所でその先に何がまっているのだろうか。 最近人工知能がよく取り上げられているけど、人工知能のことを考えているうちに、もしかしたらこの世界全体が1つのプログラムなのではないかという考えが思い浮かんだ。
プログラムの世界にはオブジェクト指向という考え方があるが、これはまさにこの世を表していると思う。すべてのものがオブジェクトである。 人間は、生命という名のクラスを継承していると考えれば、説明がつく、生命はいきものが備えている最も基本的なもの、例えば臓器とかを実装していて、それを犬や、人間や猫が継承してそれぞれのオブジェクトを作っているのではないか、そして我々は人間オブジェクトのインスタンスなのではないか。 それならば、前世というものも説明がつく。 死んだ人間のインスタンスは他の人間のインスタンスとして初期化され使いまわされる。 これを繰り返す。 しかし、人間は増える。 増える過程で既存のインスタンスでは数が足りないので新しいインスタンスを新しく作成する。 それがもしかしたら、以前のインスタンスに改良が加えられている。 なので、新しいインスタンスの人間は能力が既存のインスタンスよりも高い、よって、何か新しいものを発明できる。 そこで、科学技術の進歩が起こる。 それが人類の進化の実態ではないか。 そして人間オブジェクトのメソッドがその人間の行動を表している。 また、よく人間は潜在能力を秘めていると言われていが、それは、実装されているがまだ使っていないメソッドが多数あるという意味では無いか。
プログラムで人間などの生命を作ることがかのでは無いかと思える。 もちろん、生命科学との融合によって実態を持ったオブジェクトとしてプログラム上だけでなくこの現実世界に存在させることができるのではないか。
そう考えると、この宇宙は、ある一種のプログラムなのでは無いだろうか。 それを作っているのは神と呼ばれる概念であるかもしれない。 もしくは、この宇宙全体がゲームであり, それを誰かがプレイしているだけなのではないか。 なので、人間の発展の先にあるものは、この宇宙というゲームであって、そのゲームを作成した時がこのゲームのゲームオーバーの時なのではないか。
ここまで書いて、更に人間の存在理由がわからなくなってしまった。 とにかく、命を持ったものとしてこの世に生まれた以上、一生を精一杯生きるしか無いのだろうか。
年を取れば落ち着く。 忙しくなればすぐに忘れる。