はてなキーワード: 200系とは
中山トンネルは高崎駅と上毛高原駅の間にある長大トンネルのひとつ。トンネルを掘っている途中で水が止まらなくて掘り進めなくなり、トンネルを曲げて貫通させた。そのため、半径1500mの急なカーブができて160㎞制限。大清水トンネルの下りでつけた勢いもここで一気に減速。スピードアップのボトルネックになっている。東京から300㎞の新潟より、350㎞の仙台のほうが早く着くマジックはここにある。ちなみに新潟-東京の最速列車は1日1本の看板列車で1時間37分。仙台-東京は毎時走っているはやてで1時間30分。ほとんどは2時間以上かかっているので、とってもゆっくり新幹線なのである。
A特急料金から新幹線特急料金への急激な値上げを緩和するために、上越新幹線はしばらくの間、割引された。格安航空会社などない時代。羽田-新潟線はあっけなく白旗を上げ、東京への空路は早々になくなってしまった。新潟から真南に飛べば、最短距離で羽田に到達できるはずだが、横田空域の関係で福島の太平洋洋上を迂回するルートを取っていたため、時間がかかっていた。中越地震による上越新幹線の不通時に空路は一時的な復活があった。片道15000円。
開業時に導入された車両。3列席が車両の中央を境にしてそれぞれの進行方向に固定されていたので、後ろ向き走行を体験できる不思議な車両。0系にもそういうのがあったので、シートピッチ的に3列席が回転できなかったのは、当時の風潮なのだろうか。昭和の車両が21世紀になっても走り続けることになる。最長は2012年で30年走り続けた車両もあった。
2階建ての詰め込み編成がちょっとだけ登場。依然として主力は200系。
北陸(長野行き)新幹線がオリンピックとともに開業したころ、北陸(長野行き)新幹線にはE2が集中配置。お情けで朝の東京行きのノンストップ便にE2が一編成だけ登場。2004年に召し上げられる。
なりもの入りで登場したオール2階建て新幹線。東北系統でミニ新幹線との併結運用をこなし、大量輸送をしていた。しかし、鈍足があだとなり、全車が上越へ左遷。200系とE1の時代が続く。
200系の後から導入された車両は、内装を取り換えて、塗装をやり直して、21世紀風にした車両。なんと3列席が回転するようになり大躍進。東京駅のホームで東北や長野の新しめの車両に引け目を感じた。E2に乗りたい人生だった。
8両の短い編成で登場。座れないはずれ車両のイメージがあった。特に2階の自由席は切ない。指定席車両が自由席になっている車両がねらい目だった。何も見えないない車窓と引き替えの静かな1階席。
100系の先頭デザインを拝借した仕様。東北新幹線では、2階建てグリーン車を含むフラッグシップ編成だった。2階建てグリーン車を抜いて上越へ左遷。先頭のデザインがカッコいいだけで、中身は何の変哲もない200系だった。
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E1を追い出した東北に登場したオール2階建てE4も結局はお払い箱。E5が出たころにスピードアップの足枷となり、上越へ左遷。
8両編成+8両編成の16両でピーク輸送に活躍。必ず座れるのでオール2階建て16両にはメリットがあった。2011年に2016年に全廃と新聞発表されていたが廃車するする詐欺が勃発。長野の車庫の水没でさらに延命されるのか。
専用色に塗り替えられたおさがりがようやく廃車に。
リニューアル工事で10年あまり延命した200系がようやく廃車に。
北陸(長野行き)新幹線開業時に指をくわえて見ていたE2がやってきた。そのとき、北陸新幹線にはE7、W7が導入され、北陸(長野行き)のE2は廃車になっていたのであった。上越にきたE2は、東北で使っていたE2で窓が2つつながっている1000番台。またもや一世代前のおさがりの登場だ。
ついに上越に新車が入る!ドンドン増備される!開業時の200系登場以来、まともに新車が入らなかった上越新幹線。県民の喝さいを浴び、朱鷺色の専用帯を付けての登場だった。だがしかし、長野の車庫の水没による10編成ロスト。E7の増備はおあずけに。E4とE2の天下はしばらく続くのであった。