コン、コンコン
コロコロ…
コンッ
コロコロコロ…
久しぶりに、「石を蹴りながら家まで帰れるか」という挑戦を、23歳の男が挑戦していた。彼はそこそこ貧乏な地方で、生まれ、東京の院に出て、バイトの帰りだった。
研究ばかりで滅多に着ないスーツに袖を通し、ネクタイが首元を締め付ける。
少し気持ちがこそばゆい。まるでコスプレをしているかのような、そんな恥ずかしさ。
ちょっと格好をつけたくて2年前に買った、15万円の高級ブランドのバッグを振り回す。
価値を振り回す。
なんとなく、高い服を持っていると、少し強くなれた気がして、高い物を良く買った。
けれど、そんなカバンの値段も、もうとっくにどうても良くなってしまっていて。
生活からは、逃げられない。愛用していたリュックがほつれてから、あたらしいリュックを買うのが面倒になって、業務スーパーで買った87円のカップラーメンが、高級ブランドに詰め込まれていた。
夏休み前の終業式の日と同じように。
コンッ
コロコロコロ…
コンッ
コロコロコロ…
大きく石を蹴り上げる。
ガッ
ザザザーッ!
茂みに、石が迷い込む。
どこだどこだ。と、必死に石を探す。
一瞬頭によぎるが、どうでもいい。
また汚れる。せっかく昨日洗濯したのに。
また、別の石をみつけて、蹴って帰ればいい。
でも、「あの石」じゃなきゃ、だめなんだ。
「あの石」じゃ、なきゃ。だめなんだ。
「ワンッ!」
後ろで犬が吼えた。
振り返ると、やけに足の長い犬。ドーベルマンか何かだろうか。
犬を連れている、品の良さそうな婦人が怪訝な目をして俺を見る。
地方都市の自分の家のまわりでは、当時ダックスフンドが流行っていたこともあり、足の短い犬が多かった。
高級住宅街に住んでいるマダムがつれている犬は大体3匹くらいいる。
高級住宅街に住んでいるマダムのかけているサングラスは大体でかい。
このことから推察するに、ドバイの石油王は足の長さが2mくらいの犬を複数連れ、やたらデカいサングラスをかけてると思われる。
「ワンッワンッ」
足の長い犬が俺を更に威嚇する。
マダムも怪訝な顔で俺を見る。
当然だ。大男が草むらを必死に漁っているのを見れば、マリファナでもやってんじゃないかと思うだろう。
俺は少し恥ずかしくなって、それでも、あの石を探すことはやめられなくて、ガサガサと茂みを漁った。
似たような形の石が何個か落ちてる。見る。違う。見る。違う。
あっ…
「あった。」
声に出す必要のないことを声に出す。
少し赤みがかかった、ゴツゴツとした5cmくらいの石。
蹴っていくにつれて角が丸くなっていったから間違いない。
これが、俺の「あの石」だ。
道路に戻して、もう一度石を蹴りながら帰り道を歩く。
鈍くひかる黒の革靴に、少し傷がついていくのがわかった。
意味がない。
不審者だ。
何の生産性もない。
けど、やめられない。
コンッ
コロコロコロ…
コンッ
コロコロコロ…
石が転がることで刻む一定のリズムが、何かの鼓動音みたいだな。とか、そんな妄想をする。
あの頃と同じように、あの頃と同じように振舞おうとする自分が、
すっかり大人になってしまって、それでも大人に染まりたくないと思う自分が、
それでもやめられなくて
流れていく時間や、義務や、役割。の、何かに抵抗するかのように、
石を蹴り続ける。
荒々しかった石の角は、少し丸くなっていた。
「ワンッ」
遠くでまた、あの足の長い犬の鳴き声が聞こえた。
高級住宅街に住む犬の足は、長い。
あれ?ストロングゼロがいない