2013-12-23

自分プログラマに向いていなかったのかもしれない

16歳の頃から趣味プログラムを書いていた。

一番最初はCだった。ポケコン付属のstdio.hしか無いCを使い倒して、PCを買って普通のCを始めた。

BCC32のセットアップが分からなくて電子計算機部の同級生PATHを通してもらった。

セミコロンがなくて1週間止まり友達相談したら本当に3秒で解決した。

ポインタが分からなくて1年間止まり、翌年C++を初めてから何かのきっかけで理解した。

あの頃は「黒い画面でカタカタやってる人たち特別感あってかっけー!!!1」ってのが動機だった。

中学卒業していたけど中二病だった。

社会人になった。

専攻とは大きく異なるけど、web系の会社プログラマという名前の職を得た。

学生時代とは違って、一日中コードを書いて、設計とか考えて、

土日で書いた趣味コードGitHubに上げてボコボコに叩かれたりして楽しく過ごせるんだろうなと思っていた。

確かに研修はそんな感じだった。朝礼が終わったらオライリーを見ながらプログラムを書き、終業時間を過ぎても勝手に書いていた。

それが終わったら、既存プロダクトを保守するところに配属された。

新しく作るなんてものはもう無かった。

バグ対応や小さな改修がたくさんあった。

それは別に悪いことじゃない。重要な事なのはわかっている。作って終わりではないのも分かっている。

でも自分じゃない誰かが、よく分かっていないままよく分からないものを作り続けてここまで来たのであろうそれを直すのは辛い。

「新しいコードに書き換えればいいじゃないか」というのはもっともだ。

でも新しいコードに書き換えたところで、新しいものを作っているということにはならない。

新しい機能、新しい製品を作っているわけではない。

利益を上げているというより、借金を返済している感覚だ。

その借金自分のものではない、なのになぜ自分が返済するんだ、というネガティブな考えが頭から離れない。

何より、コードを書かない仕事がとても多いのが辛い。

新入社員からというのか、コードを書いている時間よりそちらのほうがとても多い。

電話番もしていた。

新卒採用の手伝いもしている。

何のためにどんな仕事をするべきなのかわからないし、自分が何をしたいのかも分からない。

「土日で何か勝手に書けばいい」というのはそのとおりだ。

でも家に帰ってもネガティブな考えが頭から離れない。

仕事が遅いし、これと言える成果もあげていない。

また今週も何もしていないという考えで1時間くらいシャワーを浴びている。

水道光熱費がどんどんあがっている。

PCに向かい、手を動かし、プログラムを書くふりをしている。

公開できるような、会社が期待しているようなwebサービスとかでは無い。

会社のみんながこうでは無いのも辛い。

新しいコードを書いている人もたくさんいる。

なぜ自分はそうなれていないのか。辛い。

新しいものを作っていたほうが、新しいコードを書き続けていたほうが楽しいに決まっている。

感謝もされるだろうし、自分が中心にいる満足感だって得られるのだろう。

そのうえで「運用大事」とか考えるようになるんだろうな と妄想している。

何の論拠もない、僻みしか考えられない。

もう土日でwebサービス作るとか言うのはやめよう。

仕事もろくにできていないのに。

明日はどんな仕事をするのだろうか。

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