はてなキーワード: 伊丹線とは
http://anond.hatelabo.jp/20170128155016
例えば東京大阪間を移動するとして、多くの人は「普通は新幹線だろ」と言う。
実際には羽田伊丹線は航空会社のドル箱になるぐらいたくさん飛んでるし、目的によっては関空や成田絡みの航空路を使う人もいる。
高速バスもあり、18切符期間には鈍行を乗り継ぐ人も多く、自分で車を運転して行く人もいないことはないだろう。
もはや「新幹線以外で東京大阪間を移動する」は「例外的」であっても、「あり得ない」わけではないのである。
それでも一部の人は、新幹線以外で移動する人なんて「いない」とみなしてしまっていいという思想を根底に交通を語る。
あるいは、飛行機を使っている人などを異常とみなす。
要するに、これほど「ある程度は一般的」な場合ですら、「例外的だから無いとみなしていい」とされることも多いってことだ。
なのにもかかわらず、なんで「女児に手を出す男性保育士」などという、飛行機で東京大阪間を移動する程度の例外に比べたらもっと少ないような例外に関しては
「無視」することが許されないのか。勿論どちらも完全無視は許されない話ではあるが、それでも多少の配慮で良しとするとか、そうなってもいいはずである。
「自然な感情」とやらが関わってるからという話も、飛行機を宗教的に嫌ってる人(http://anond.hatelabo.jp/20170127232138参照)からすれば羽田伊丹線を忌避するのも「自然な感情」だろう。
このあたりで「筋が通ってない」というところに、なんらかの違和感を感じる。
交通論、商業施設論、趣味嗜好etcでは、かなり多くの「例外とは言えそこまで少ないわけでもない例外な人達」が不適切な取扱を受けてきたのだ。
なぜ男性保育士の話「だけ」そうなるのかよくわからない。あんなの東京大阪間で例えれば新幹線で名古屋までいって近鉄に乗り換えて大阪へ行くとかそういうレベルの「例外」ではないのか。勿論全くいないわけではないだろうし、それに対する配慮が全く必要ないとも言うつもりはないが、「矛盾に対する違和感」があるのも事実だ。