2021-11-22

私は貴族

私、生まれはドブの底とまでは言いませんけど、ドブの側みたいなところでしたの。

そうしたところでも人は生きていて、嫌なこともありましたけど、いいこともちゃんとあって、私、それが普通だと思ってましたのよ。

私、その生まれ場所のことは別に嫌いではありませんでしたけど、好奇心からもっと上を見てみたいと思いましてね、ちょっと無理して都にのぼりましたの。

都はとても綺麗で華びやかで、私の生まれ場所とは全然違う世界でしたわ。そもそも着ているものからして全くの別物なんですもの。私、自分の服が恥ずかしかったですわ。でも、都の皆さんは私の服を笑ったりなんかしませんでしたの。けれどもそれは優しさじゃなくて、質の悪いものを知らないから私の服がどんなものなのか全く察しがつかなかったからなのでしょうね。

私、都でさまざまな方とお会いしました。そして私、疲れてしまいましたわ。だって、余りにも見えているものが違うのですもの。都の皆さんは私からしますととてもお金持ちなのに、皆さんには全くそ自覚がありませんのよ。それってつまり、私の生まれがどんなところなのか、全く見えてないということではありませんか。

から私、都の住まいを引き払って実家に帰りました。

そこは都と比べたら汚くて貧しく、でも私はホッとしたものを感じましたわ。

そしてそこで元の通りに暮らし始めました。華やかなものは何もないけれど、何もかもが私の身の丈に合っていて、とても安心して暮らせました。

でもそこに、都で出会った殿方がやってきましたの。そして私の両親に、私と結婚したいとおっしゃったのです。

私の両親も都を知りません。だから、その殿方がどれほどの方であるのかも分かっていませんでした。でも、自分たちの娘を見初めて下さった方が来たということで大変喜び、私の縁談はとんとんとまとまりましたわ。

そして私はまた都で暮らすことになりました。今度は都の人間の妻として。それは、貴族になるということでした。

私、複雑でしたわ。夫のことは好きです。都で出会った方々のなかで1番尊敬できる方でした。だからこの人と一緒ならまた都でやっていけるかもしれないと思って決心をしました。

夫の周りの方々はみな優しく私を迎え入れてくださいました。でも、やっぱりそれは私の生まれ理解してないが故の優しさなのだろうな、ということが言葉の端々から感じられてしまます

泥にまみれて働く人々。私はその人々を尊いと思いますだって、私の生まれたところはそのような人々ばかりで、私は彼ら彼女らの顔を知っているのですから。でも、貴族の皆さんは顔をしかめて言葉にもしません。何か言うとしても、なぜ彼らは救われないのでしょうね、というような見当違いの憐れみです。

そういうとき、私は激しい怒りに襲われます。あの人たちも、笑い、泣く、人間だということを知っているから怒りがわきます

でも、何も言えません。だって私も今は貴族であって、彼らと同じようには働いていないのですから

そうです、私は貴族様。

この天上の世界で、彼らの働きの上に暮らす人間です。

から、私はもう生まれ土地には戻れません。でも、ここも居場所だとは思えません。

最近、娘が産まれました。娘は生まれながらの貴族として生きていくでしょう。他の貴族と同じように傲慢に。私にはそれが辛い。

でも、娘を貴族として育てなくては、娘にとっての不幸となることは分かっています

から、私はこの怒りを自分だけのものとして、誰にも理解されないことを理解している孤独を抱えて生きていくしかないのです。

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