2019-08-13

罪悪感で里親支援を止めた

俺は幸い、経済的には恵まれ暮らしをしている

なので社会貢献として、貧困にあえぐ子供たちを支援するNPOに十数年ほど寄付を続けていた

NPOは俺に里子を一人割り当てる

毎月、俺の寄付金が里子のために使われ、定期的に里子の成長レポートが届く

年に一度は、里子本人から感謝手紙も届く

最初のうちは、成長していく里子の様子を見るのが嬉しかった

手紙への返信もしたし、一度、その里子に会いに行ったこともある

俺の支援のおかげで暮らしが楽になり、将来の夢が持てたそうだ

誇らしいと感じた

低学年くらいだった里子は、やがて無事に学校卒業し、NPOから巣立っていった

すると俺には別の里子が割り当てられる

俺の金でまた一人の子供が救われ、世界はすこしだけ幸せになり、未来は明るくなる

素晴らしい活動

ある年、里子からいつものように感謝手紙が届いた

その時俺は忙しかった

返事を書かなきゃなと心の片隅で思いつつも、自分生活に手一杯のまま、返信期限は何時の間にか過ぎていた

次の年、やはり届いた感謝手紙を、俺は開くことができなかった

成長レポート開封できず、俺は黙って「あとで読む書類」の束にそれを置いた

手紙レポートの山は、高くなっていくばかりだった

それに比例して、開封しなきゃというプレッシャーも高まっていく

里子人生は俺の金に左右されている

まっすぐな感謝が、その手紙には詰まっているんだろう

里子は貧しい生活の中、俺に感謝を伝えるために心を砕いてくれてる

だが俺には、それを受け止めるだけの余裕がないんだ

返信できなくてごめんな

俺は駄目な里親

俺は俺の人生だけで手一杯なんだよ

里子人生の一部を、金銭として背負うことはできる

でも、その想いまでは背負えない

いっそATMだと思ってくれればいいのに

手紙を読むこともできず、かといって処分することもできず

部屋掃除のたび、手紙の山を部屋の隅に追いやる日々が続いた

開封手紙存在自体が、俺の心を蝕む

NPO統計によると、感謝手紙に対しての返信率は、全支援者の数割程度だそうだ

里子との心の交流を大切にしたい、支援の手応えを感じたい里親もいるんだろうけど、

俺みたいな「金だけ渡したい」支援者も多いってことだ

いや、そんな統計なんてどうでもいい

俺は、「俺の里子をないがしろにしてしまっている」のが辛いんだよ

から俺は、NPO支援停止の連絡をした

支援を打ち切られた里子の今後がどうなるのかはわからない

次の里親が見つかるまでという条件つきで支援継続しようとも思ったが、そういうシステムはないらしい

俺の支援が打ち切られた後、次の里親が見つかるまでは、NPOの持ち出しで支援が続けられるらしい

その活動費はきっと本来別のことに使うことができた金だろう

里子はどう思うだろうか

俺の支援がなくなったことで、自分に何か非があったと感じるかもしれない

違うんだ、気に病まないでくれ どうかすくすくと育ってくれ

レポートが開けていないか名前も顔も分からないけど、彼または彼女のことを考えると、俺は心が痛い

気に掛かることは多いが、俺は俺の安寧を優先させてもらう

すまん

  • パパ活の百億倍はましだと思うよ。

    • パパ活の枠組みで支援用のアプリを作れば参加の敷居が低くなるかなと思ったけど 支援の人気が一部の女児に集中して、あまり受けの良くない女児や男児はないがしろになる やはり福祉...

  • 善意を続けるにも気楽さが必要なのかもしれんね。 支援をするには相当の覚悟や労力が必要、ってなると尻込みしてしまう。

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