「知らないのか?」Sは言った。
ああ、知らなかった。知らなかったよ。私はショックを受けながらそう答えた。
「ま、それが世界の掟ってやつだよ。余ったものは捨てられる。感傷的になる必要がどこにある?」
「でもさ、じゃあ僕らは何のために」
「何を言ってるんだ。給料をもらったじゃないか。捨てられたクリスマスケーキの分だけ給料が引かれたか? 違うだろ。作った分は報酬を受け取った。それ以上でもそれ以下でもない」
「そうだけどさ」
「君が12月をお金に困らずに過ごせたのは捨てられるために作られた商品のおかげだ。なんなら余ったケーキをただでもらって帰ったじゃないか。彼女も喜んでたろう?」
確かにそうだ。反論の余地はない。だけどよくもまあそんなにクールに物事を考えることができるものだ。
「ああ、捨てられる。感傷的になるなよ。仕事があるだけありがたく思え」
「わかった。その頃にまた会おう」
恵方巻の季節が来て、私を含む臨時の労働者が集められた。私もSも常連だ。
しかし、今回Sはいなかった。同じく顔見知りのMもKもいるのに、Sの姿が見当たらない。
「S? ああ、あいつのことかな。いやー、今回労働者が余っちゃって。だから捨てたよ」
「え?」
「去年から風当たりが強いだろう。食べ物を粗末にするなとか、販売店のノルマとかさ。今年は縮小なんだ。……Sは老朽が激しくてね。だからクリスマスケーキまででお役御免。ま、それが世界の掟ってやつだよ。余ったものは捨てられる。感傷的になる必要がどこにある? さあ、仕事仕事」
足元で「カラン」と乾いた音がした。そこには一本のネジが転がっていた。私は自分の右腕が思い通りに動かないことに気づいた。
私の頭に付けられている警告色のサイレンが明滅し、アラートが鳴り響いた。
「ああ、もう駄目だね」管理者は近付いてきて言った。
「商品に混入しなかったことが救いだな。まだ新しいのに……不良品かな。とりあえず君もお役御免のようだね。技術班を呼んでくるから。お疲れ様」