2019-01-08

労働

「知らないのか?」Sは言った。

ああ、知らなかった。知らなかったよ。私はショックを受けながらそう答えた。

「ま、それが世界の掟ってやつだよ。余ったものは捨てられる。感傷的になる必要がどこにある?」

「でもさ、じゃあ僕らは何のために」

「何を言ってるんだ。給料をもらったじゃないか。捨てられたクリスマスケーキの分だけ給料が引かれたか? 違うだろ。作った分は報酬を受け取った。それ以上でもそれ以下でもない」

「そうだけどさ」

「君が12月お金に困らずに過ごせたのは捨てられるために作られた商品のおかげだ。なんなら余ったケーキをただでもらって帰ったじゃないか彼女も喜んでたろう?」

かにそうだ。反論余地はない。だけどよくもまあそんなにクール物事を考えることができるものだ。

「次は恵方巻だな?」話題を切り替えてSは言った。

「そうだな、もしかしてこの恵方巻ってやつも」

「ああ、捨てられる。感傷的になるなよ。仕事があるだけありがたく思え」

「わかった。その頃にまた会おう」

 

恵方巻の季節が来て、私を含む臨時労働者が集められた。私もSも常連だ。

しかし、今回Sはいなかった。同じく顔見知りのMもKもいるのに、Sの姿が見当たらない。

派遣管理者に聞いてみた。「あのー、今回Sは」

「S? ああ、あいつのことかな。いやー、今回労働者が余っちゃって。だから捨てたよ」

「え?」

「去年から風当たりが強いだろう。食べ物を粗末にするなとか、販売店のノルマとかさ。今年は縮小なんだ。……Sは老朽が激しくてね。だからクリスマスケーキまででお役御免。ま、それが世界の掟ってやつだよ。余ったものは捨てられる。感傷的になる必要がどこにある? さあ、仕事仕事

私はうわの空のまま恵方巻を作った。

 

足元で「カラン」と乾いた音がした。そこには一本のネジが転がっていた。私は自分の右腕が思い通りに動かないことに気づいた。

私の頭に付けられている警告色のサイレンが明滅し、アラートが鳴り響いた。

「ああ、もう駄目だね」管理者は近付いてきて言った。

商品に混入しなかったことが救いだな。まだ新しいのに……不良品かな。とりあえず君もお役御免のようだね。技術班を呼んでくるからお疲れ様

見遣れば、MもKも捨てられるための恵方巻を無感情で作り続けている。私には待つことしかできない。

感傷的になる必要なんてどこにもない。余ったものが捨てられることは私が一番良く理解している。

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