※この話は作り話です
20代の若い頃、不倫をしていた。相手は30代後半のおじさん。今思うと、あんなおじさんのために若い頃の時間を使うのは本当にもったいなかったと思っている。
あのおじさんはいつも奥さんの愚痴ばかりを言っていた。そして、奥さんと比べて私がいかに素晴らしいのかを滔々と説いて、最後に寂しい子供のような顔をした。
それで私はその気になってしまった。この人の孤独を救うのは私なのだと思い込んだ。そうして、不倫の関係が始まった。本当にあの頃の私の頭をぶん殴ってやりたい。
私は、あのおじさんがいつか奥さんと別れて私と結婚してくれるのだと願っていた。おじさんの口から聞く奥さんとの関係はすでに破綻していたし、おじさんは私に夢中だと思っていた。愛があるのだから結婚できるということを疑っていなかった。
けれども、おじさんの身辺から不倫が奥さんにばれた。そして、話し合いの場に私も呼び出された。
私はそれならそれで奥さんに逆三行半を突きつけるチャンスだと思っていた。当然、これからおじさんと私で一緒に生きていくので離婚しましょう、という話になるものだと思っていた。
おじさんは奥さんにものすごい勢いで謝り始めた。出来心だった、遊びだった、一度も本気になったことはない、許してくれ、そんな言葉のオンパレードとともに、私のことを下げることを山ほど言った。私を口説いたとき、奥さんを下げて私を上げてその気にさせた時とは正反対だった。
そこで私は、自分がとんでもない見込み違いと勘違いをしていたということにようやく気づき、急に恥ずかしくなった。
奥さんはやたら喋るおじさんに少し静かにしていて、と言って、私に向き合ってきた。
奥さんは静かに言った。
まず、自分は夫を許す気は無いということ。そして、だからこそ離婚はしないということ。離婚はしないしあなたはまだ若いからこんな男に引っかかったのだろうから慰謝料の請求はしないということ、ただし関係をすっぱり切ってもらうことが条件だということ。
そうしたことを静かに話す奥さんを見て、私は、ああ、この人にはかなわない、と思った。だから、その条件を素直に飲んだ。
あのおじさんは離婚はしないと言った奥さんに対して、ありがとうありがとうと何度も言っていたけれど、きっと奥さんの言っていることの意味がわかってないんだな、と思った。
そしてその日以降おじさんとは連絡を取っていない。おじさんの方からは何度かコンタクトがあったけれど、全て無視した。というか、ここまで頭の悪い男だとは思ってなかったので本当に幻滅したし、そんなおじさんに夢中になっていた自分にラリアットをくらわせたい。
そして後悔としては、あの物静かで強い奥さんに修羅の道を歩ませることになってしまったことだ。いや、その道を選んだのは奥さんなんだけど、その道に続く扉を開いたのはあのおじさんだけではなく私も一緒だったのだ。
本当にこの点は後悔しているけれど、それを償おうとすることもまた罪なのはわかっているので、私はこの後悔を一生抱えて生きていくことになるだろう。