やはり俺には社会は向いてないようだ。
やれる仕事がないから電話番をさせられているが、社内の人間が誰なのか分からないので取り次ぎも上手くいかない事は我慢できる。時間をかけて覚えればいいし、他の仕事をそのうち習えばいい。
だが、ポジティブで友達が沢山いて、社内外公私を問わず広い人脈を持ち、飲み会に好んで参加し、たとえサービス残業中も笑顔を絶やさない人間で有ることを求められた事は、端的に言って「絶望」であった。
そういう人間を組織が求めているのなら最初から自分など取らなければ良かったのだ。
性格に後ろ向きな部分があること、友達は少ないこと、酒が飲めず一人が好きなので飲み会は苦手なこと、一人を好むため人脈をつくるのは得意でないこと、全て面接で話した。友達を一人から二人に水増ししたり、酒は全く飲めないのに少しなら呑めると誤魔化したり、そういうことはしたが根本的な所から自分を偽ることはしなかった。
それなのに実際に入ったら早速その人格とは真逆の事を幾度となく推奨(のつもりなのだろうが権力を持った複数の人間それを行う以上もはや強要でしかない)され続けた。
つまりこの会社は最初からネガティブな自分を会社の中で人格改造して、ポジティブ人間に生まれ変わらせる前提で採用したのだろうか。
今の世の中ではそんな事がまかり通っているのか。
「絶望」だった。
「失望」でもあった。
世の中にいよいよ愛想が付きそうだ。
この世界は自分のような人間にどこまでもパワハラをし続けてくる。
実際は違った。
明るく、飲み会が好きな、友達の多い人間以外は認めない不寛容な場所だった。
分かっていた。
でも諦めきれなかった。
だけどもう諦めるしかないのだろう。
果たして自分は自分の考えを改めること、人格を改造すること、人格を改造しようとする人間だらけの社会で生きることに耐えきれるのだろうか。
書いてて涙が出てきた。
なんで俺は生まれて何のために生かされてきた。