2016-11-28

もう一度だけ、恋がしたかった

はぁーーー、もう一度だけ恋がしたかった。

もう恋愛遊びするには幾分か歳を取りすぎてしまった。

先日、若い人は恋愛セックスより結婚して落ち着きたいという願望が強いとのニュースがあった。

自分はもう完全におっさんなので、とりあえず結婚より恋愛セックスがしたい。

好きな人に好きって言ってニコニコしていたい。

手を繋いで街をぷらぷら歩きたい。

家でゴロゴロしながら二人でゲーム映画を楽しみたい。

二人で電車飛行機に乗って旅行とか行きたい。

休みの日は二人で晩ご飯の買い出しにスーパーへ出かけたい。

寝るときから朝まで裸で抱き合ってベッドの中で過ごしたい。

そんなことを幸せに思える相手ともう一度出逢えたら。

なんて思って、もう何年が経ったのだろう。

今思えば恋人という存在ががいることのなんと奇跡だったことか!

ああ、人並みの幸せいかに贅沢であったことか!

日本だけでも1億数千人がいるうち、たった一人と一人が出会い時間を共にする。

恋愛関係や、結婚制度ではなく、まさに、出逢えたことの奇跡である

かつての恋人たちの手を離してしまった自分の、なんと愚かだったことか!

なぜあの美しく輝いていた時間を手放してしまったのだ。

この愚かな自分を受け入れてくれた素晴らしい人に背を向けてしまったのだ。

恋に落ちた自分も愚かだが、恋を終わりにした自分も愚かである

もう、歳も歳。しか収入も貯蓄もない。

素直に言って、結婚恋人も諦めている。

出逢いの場も時間も機会もない。

何より、自分に人を幸せにするだけのウツワがないことに気づいてしまった。

少なくとも、今の人生において、もう一度恋愛に落ちる機会はないと思っている。

過去の恋があまりに大きく、前を向くには重たすぎた。

もはや、恋の仕方も忘れてしまった。

あの奇跡のような感覚を、あともう一度だけ味わいたかった。

今は、幸せそうな夫婦恋人たちを見るのがただただつらい。

いや、幸せそうな姿を眺めるのは嫌ではないのだ。

付き合い始めた、結婚した、子供が生まれた……。

そんな報告を聞くのは、とても幸せなことだと思っている。

他方、そこに辿り着けなかった自分の姿を見ると、どうしても惨めになってしまうのだ。

もはやほとんど忘れてしまったあの感覚

誰かを想うという、ただそれだけでこみあげてくる多幸感を、もう一度だけ味わいたかった。

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