2015-07-21

イルカ漁と動物愛護精神

T〇タックルで今、動物園虐待とかイルカ虐待とかで動物愛護団体の人が出てて

動物園水族館動物虐待ですとかいいつつ自分は猫飼ってますとか言ってて凄いなと思ったんだけど

これって、いわゆる西洋諸国イルカ漁反対と精神構造的には似ているんだろうな。

と思った話。

いつも西洋イルカ漁反対や捕鯨反対の記事ニュースを見るたびに日本人としては

「なんで牛を食べるのはOKでイルカはだめなのか」って思うんだけど

(ここで、中国韓国の、犬を食べる文化馬鹿にするような人はこれから話す西洋人と同じ思考回路だと思ってください

 別に言い悪いを自分は言うつもりはなく、そういう思考回路だと思うだけでいいです)

西洋根深いはキリスト教って基本、「赦し」の宗教なんだと思う。

基本的に罪は、理論的な事じゃなく神の教えに反することかどうかが大事なわけで

理論的にどうかは問題ではなく、赦されているか大事なわけで

から彼らはイルカ漁に反対する。赦されてないから自分達の神に。

基本、上から目線。赦してもらってるかもらってないかが問題

動物愛護団体も同じ。猫は飼ってもいい。赦されているから。

日本人は根っこが違う。八百万神があり、一寸の虫にも五分の魂があり全ては平等である

西洋はここが違う。赦されているものと赦されていないものがあり、これらは区別されるべきものから

からクジライルカ漁に反対をし、猫を飼い、牛肉を食べる。

クジライルカを食べる事は、彼らには赦されない事だから

牛を食べる事は赦されていることだから

僕らの思う矛盾は彼らの中にはないし、基本上から目線から議論余地はないのである

っていう意味もこめてT〇タックルに出てた動物保護団体の女の人には日本人としてはなんか違和感が残ったなあという話

まあ、よくいるよねそういう奴。

  • 単に飼育環境とか展示とかを問題視してるんじゃないの? 別に動物園や水族館を否定して自分がペット飼っててもどこにもおかしいところはないだろう。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん