2020-09-23

[] #88-6「マスダの法則

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それから昨日のようにバス停につくと、俺は日課を怠ったことを思い出し、後悔する素振りをした。

「あー、しまった」

前は自然と出てきた言葉だったので、意図的にやった今回はぎこちない。

役者を目指してやってるわけじゃないから、多少の白々しくなるのは許容しよう。

ふと、待合室に備え付けられた時計を覗く。

よし、ほぼ同じ時間、同じように行動できた。

その時、「プシュー」という音が近くで聴こえる。

バスが止まるときに鳴るエアブレーキ音だ。

大型の車はブレーキ空気圧を使っているらしく、それがあの独特の音を生み出しているらしい。

「えっ」

聴き慣れた音だったが、この時の俺は少し戸惑った。

来るのが予定よりも早かったからだ。

いや、前回が遅かったのだから本来ならば予定通りというべきだろうけれど、今の俺からするとそっちの方が困る。

まだ家に戻ろうとするのを堪えつつ、自分間抜けな姿を想像するという行動をやっていないのに。

まるでバス逆張りされているようだった。

求めていない時に限って、真面目に仕事しやがる。

心なしかエアブレーキ音も俺をおちょくっているように聴こえる。

やり場のない怒りに思わず舌打ちをした。

それと同時に、これで状況が大きく変わってしまうんじゃないか不安にもなった。

しかし、こういった外的要因は調整しようがないから仕方ない。

まりに状況が違うと条件の特定も難しくなるが、ここは大人しくバスに乗るべきだ。

…………

俺の不安は的中した。

前回はあれだけ授業中に当てられたのに、今回は明らかに頻度が減っていた。

というより全くと言っていいほど呼ばれない。

あえてボーっとしながら、教師の話をダルそうに聞いてもみても名指しされない。

こうなったら、シマウマ先生の授業に期待するしかないだろう。

「では、この問題を解き明かす栄誉を……」

彼の授業は選択科目なのだが人気がなく、第一希望や第二希望からあぶれた者たちが押し込められる。

そのため他よりも人が少なく、生徒達は不真面目って程じゃないが、この授業に対する意識は低くなりがちだ。

「今、この黒板に書かれていることは断片的だ。しかし私の話を50%以上インプットしているとしよう。そして、お前達の脳みそは最低でも50%以上は活動しているはず。ということは実質100%答えられる問題というわけだ」

シマウマ先生は、そんな生徒に難題を課したがる。

建前上は俺たちへの牽制球らしいが、実際は彼の邪悪からくるボークだろう。

観客がいればブーイングものだが、残念ながらこれは野球じゃない。

「進んで答えて欲しいものだが……それとも、この程度の問題に自信満々というのは、己のプライドが許さないのかな?」

仮に答えられるとしても、生徒たちは手をあげない。

もしイージーミスでもしてしまったら、説教+嫌味の2乗=ストレスで俺たちの免疫細胞は0になるからだ。

「ふーむ、そうだな。では僭越ながら、この私めが指名させていただくとしよう」

待ちに待っていない、運命の瞬間。

馬面教師の淀んだ瞳が、生徒達を一人ひとり値踏みし始めた。

パタ、パタ、パタ……

シマウマ先生の履いているスリッパが、静かな教室内に響き渡る。

俺たち生徒にとって、最も不快蹄鉄音だろう。

そして、みんな目線を逸らす中、あの時のように俺と目が合った。

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