2019-02-07

[] #69-3「愚者自覚

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結果、俺のいるAチームは負けた。

勝敗内野の残り人数で決まったんだけど、Aチームは俺1人で、Bチームは2人だった。

「うーん、惜しかったね」

ブリー君は何の気なしにそう言った。

俺たちは、それに気のない返事をする。

「……そうだね」

そう、僅差だった。

からこそ、俺たちはブリー君を恨めしく思った。

不平不満を垂れ流して味方チームの士気を下げつつ、パスで敵に易々とボールを渡し、避けるそぶりすらせずやられたブリー君をだ。

もちろん、俺たちのプレイに何の落ち度もなかったわけじゃない。

最も悪目立ちしたのがブリー君というだけだ。

でも、ブリー君が文句ブツブツ言わなければ、パスくらい最低限できれば、避けるのをもう少し頑張ってくれれば……。

そのどれか一つだけでも多少できれば、マシだったなら勝てたゲームだ。

極端な話、ブリー君がAチームではなくBチームにいれば……いや、ブリー君がいなければ勝てたに違いない。

僅差で負けたという結果は、そんな鬱屈とした思いを大きくさせた。

だけど、そんな俺たちのことなんてブリー君は知ったこっちゃない。

「やっぱり戦術不足が敗因だと思う。もう少し対策を練るべきじゃないかな」

ブリー君は自分プレイを棚にあげ、物知り顔で語りだした。

外野も、もっとパスを回して相手を動かして、体勢が調わなくなったら足元を狙えばいいんだよ」

挙句に、俺たちにアドバイスまでし始めた。

まあ実際のところ、ブリー君の言っていること自体的外れってわけじゃない。

言ってる本人がまるで出来ていない点を除けば、一理ある指摘だ。

だけど「ブリー君が足を引っ張ったから」という指摘の方が、何理もあるのは変わらない。

そのことを言わないよう気を遣う俺たちと、その可能性を1ミリも考えないブリー君。

健全なコミニケーションが成立するはずもなかった。

「うん、うん、分かったから。早く教室戻ろう」

「そうそう、そうだよブリー君。早く着替えなきゃ」

俺たちはそう言いながらブリー君に背を向け、小走りでその場を後にした。

ブリー君が後ろからまだ何か言っていたが、自分たちの会話でそれをかき消す。

それは、良いやり方ではなかったけれど、それが俺たちの精一杯だった。

あの時、ブリー君の顔を見たり、声を聞いたりする余裕が俺たちにはなかったんだ。

本心からくる心ない言動が、いつ表に出てくるか分からなかったんだから


私、女だけど、ああいうのと上手くやっていける気がしないわ」

俺たちにだけ聞こえる声量で、誰かがそう呟く。

仲間のタオナケだ。

“ああいうの”とは、たぶんブリー君のことだろう。

自分の言っていることが周りにどう思われるか、まるで考えていないんだもの。すごく無神経で、そのことに無自覚で、自分のことを客観的に見ようともしない」

タオナケの言うことには同感だ。

だけど諸手をあげて賛同するわけにもいかなかった。

タオナケ。そういうことは出来る限り声に出さない方がいい。ロクなことにならない」

「私、オカルトは好きだけど、言霊だとか本気で信じちゃいないわよ」

「そういう話じゃあない。言いたいことを言うのに慣れてしまったら、いずれ歯止めが利かなくなっていくと思うんだよ。そうなったら俺たちはブリー君と同じだ」

俺たちはクラスメートとして、否が応にもブリー君と接していかなければならない。

毎回、苛立ちを言葉にしていたら身が持たないんだ。

「無理して仲良くする必要もないけど、だからといってトラブルも望まないだろう?」

「私、その理屈は分かるけど、何だか不服だわ。こっちが一方的我慢を強いられてるみたいじゃないの。ねえ、ミミセン?」

タオナケが仲間のミミセンに話を振るが、反応は鈍い。

「おい、ミミセン」

俺はミミセンを軽く小突いた。

「……あ、ごめんタオナケ。聴こえてなかった」

雑音を嫌うミミセンは、その名が示す通り耳栓をよくしている。

それでも普段は近くの会話くらいは聞こえるんだけど、その時は耳当てまでつけて音を防御していた。

しかも、その耳当てを手で押さえつけた状態で、小さい呻き声まであげているのだから聴こえるわけがない。

「私、戸惑ってるんだけど、ミミセンどうしちゃったの?」

「どうもブリー君の声が、だいぶ耳に“くる”みたいなんだ。声質とか、喋る時の抑揚とか、色んなものが相性悪いみたいで……」

ミミセンの反応は極端なパターンだけど、この時点でクラスの皆が精神をすり減らしていたのは事実だ。

時間問題だろうな。

俺の未だ残っている理性が、漠然とした未来を告げている。

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