話に出てくるプログラムが具体的にはどんなものかは知らないけど、ロクなもんじゃないことは確かだ。
ルビイ先生はそのプログラムの違和感に気づいて、最初の内は反対していたんだろう。
だけどそれが分からない他の大人たちは、先生に圧力をかけて最終的に従わせた。
その環境と、そのプログロムが、先生から心の余裕を奪ったんだ。
―――以前、兄貴が言っていた。
「余裕ってのは、窓の通気と一緒だ」って。
あんな息苦しい場所で淀んだ空気を吸い続けていたら、誰だって心の余裕がなくなるに違いない。
そしてタイミング悪くブリー君とツクヒの一件が重なり、ルビイ先生はプログラムと化学反応を起こした。
それをきっかけに、周りの大人たちはルビイ先生を更に追い詰めるという悪循環。
「なんだよ、それ……ブリー君の件がイジメだっていうなら、ルビイ先生がやられていることは何だってんだ!」
「私、イジメ対策は結構だと思うけど、これは変よ。『イジメはよくない』だとか、『自分がされて嫌なことを相手にするな』って口を酸っぱくして言ってる人たちが、あんなことを平気でしている時点で失敗だわ」
みんなフツフツと怒りが湧いていたけど、その矛先をどこに向ければいいか分からなかった。
プログラムを考えた人たちなのか。
それに疑問を持たず、「イジメ対策だから」と手放しで賛成した人たちなのか。
「へっ、結局のところ皆イジメが大好きなんだよ。自覚がないのか、認めたくないのか、否定したがるけどな」
行き場のない怒りに震えていたその時、ツクヒがいつもと変わらない調子でネガティブ節を炸裂させる。
それは、まるで俺たちの頭に冷や水をかけるようでもあった。
「イジメが良い趣味じゃないことは分かっているから、“理由”をつけて正当化するんだ。“許されるイジメ”にしようとしている」
「“許されるイジメ”って……『どんな理由があってもイジメていいことにはならない』って、そう言ってたのは先生たちだぞ」
「はんっ、理屈の上では間違ってないだろうな。だが―――」
「『間違ってないだけ』。ツクヒはそう言いたいんだ?」
「ふん、分かってるじゃないか。綺麗に見られようとする人間ほど素顔は醜い。薄い化けの皮でそれを隠しているんだ」
ブリー君までツクヒの話に乗り出した。
二人は少し前まで知り合いですらなく、ペットボトルで叩き合っていた仲なのに。
波長が合うってやつなのだろうか。
「で、その“理由”って何?」
「とどのつまりは“愚か者”さ。みんな愚か者が嫌いだからな。そして嫌いなものをイジメることほどスカッとして、正当化のハードルが低いものはない」
「誰だって愚かな面はある。その面に照準をあわせて引き金をひく。そうして愚か者の弾痕をつければイジメられっ子の完成だ」
「なるほど、“愚か者”ってそういう感じで決まるのかあ。それが“許されるイジメ”になるわけだね」
「その通り。イジメっ子がイジメられっ子になりやすいのも、そのせいだ。だから皆イジメられる者がいないか常に目を光らせ、逆に自分がイジメられないように毛を逆立たせる。この世はそんな獣たちで溢れたディストピアなのだ」
ツクヒの軽快な毒づきと、ブリー君のぬらりくらりとした相槌が、俺たちの調子を崩していく。
だけど、そのおかげで俺たちは冷静になれた。
そうだ、ただ怒っているだけじゃ意味がない。
その怒りを無闇やたらとぶつけるのも違う。
大人たちがあんな調子なんだから、俺たちが動かなければならないんだ。
「クレバーかつクレイジーに、俺たち子供の悪知恵を有効活用しようじゃないか」
「先生たちを説得して、か、改心させる……とか?」
「通じるとは思えないな」
いい歳した大人が、子供に『お前がやっていることは間違っている』なんて言われてマトモに聞き入れるとは思えない。
もしも俺たちに言われて聞き入れる程度なら、あんなことをする前に自分で気づくはずだ。
「私の母、PTA関係者だけど、こういう件には一枚噛んでると思うわ。つまり容認済み」
一体、どうすればいいんだ……。
「ミミセン、何かないか?」
俺はミミセンにアイデアを求める。
こういうとき知恵を授けてくれたり、考えをまとめてくれるのがミミセンだ。
「そうだなあ……うーん」
それでも、うんうん唸りながら知恵を搾り出してくれた。
「解決の糸口があるとするなら……話に出てきた『新・イジメ対策プログラム』……そこに何かある気がするんだ」
この学校社会のバランスを崩し、ルビイ先生、他の先生たちを狂わせている原因。
それは『新・イジメ対策プログラム』にあるとミミセンは睨んだようだ。
生徒たちの知らないところで、何かが起こっている。 俺たちはルビイ先生の周辺を調べることにした。 調べるべき場所の見当は、既についている。 俺たち生徒がよく知らない場所、...
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ところ変わって某日、学内の会議室。 そこにはPTAの会員や、学校の教員が一同に会していた。 「えー、皆さん、こんばんは。今回は新プログラムの説明をさせていただくため、先生方...
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冬休みに入る少し前、衣替えが済むかどうかのビミョーな時期。 俺たちのクラスに転校生がやってきたところから話は始まる。 「この度、私たちのクラスに新しい仲間が増えます。さ...
『この世から失くすべきだけど、絶対に失くせないものって何だろう』 冬休みの宿題で読んだ本に、そんなセリフがあった。 主人公は登場人物に、そして読者に度々そう語りかけてく...
≪ 前 俺たちはミミセンの助言をもとに、『新・イジメ対策プログラム』について調べることにした。 「うげえ、すごい量だな」 タオナケの母がPTA関係者だったこともあり、資料はす...