2014-03-01

死ぬメンヘラと死なないコミュ障

メンヘラコミュ障も、治そうと思って治るものではない。

生まれつきの性質かもしれないし、家庭や学校での教育が原因かもしれない。でも、就職するような年齢になってしまうともう手遅れだ。メンヘラは薬を飲みながら承認を求めて喘ぎ続けるし、コミュ障他者のいない狭い場所孤独に震え続けるしかない。努力治療ではどうしようもないのだ。

わたしの職場は、そういった人たちの巣窟になっている。たぶん人事の方針なのだろう、能力を最優先に評価して採用した結果、おのずと人格に問題を抱えた人たちが集まったのだと思う。おかげさまで優秀な人たちに囲まれ、わたしは日々刺激を受けながら働いている。プライベートで関わるのは勘弁してほしいけれど、仕事だけのつきあいなら許容できると思っていた。

しかし、そんな悠長なことは言っていられなくなってきた。会社人間関係の軋みが、少しずつ大きくなり、無視を決めこむのも難しくなりつつある。

発端は、隣の部署の女の人が自殺したことだった。わたしは彼女とは二言三言話したことがある程度で、知り合いとも呼べないくらいの仲だったから、そのこと自体に大きなショックを受けることはなかった。彼女はいわゆるメンヘラで、恋人とうまくいっていなかったことを気に病み、耐えきれなくなって首を吊ったらしい。

可哀想だとは思うけれど、今までお疲れさまでしたと労る気持ちのほうが強い。生まれつき抱えていた時限爆弾が、偶然このタイミングで爆発したみたいなものなのだ。ずっと爆発する不安に怯えて生きるのは、あまりに疲れる。生きているだけで辛いのだから死ぬのが悪いことだとも限らない。生きていればいいことだってあるかもしれない。でも、それ以上に辛いことがたくさんある。

しばらくオフィスは追悼ムードに包まれた。みんな何となく遠慮がちに笑うようになり、会議で交わされる声もほんの少し小さくなった。

しばらく経って、しんみりした空気も元通りになりかけていたとき上司部署の人たち全員を誘って飲みに連れて行ってくれた。元気をだせ、ということらしい。普段なら絶対に参加しないような人も、珍しくその日は揃っていた。

その席で同期のコミュ障にとつぜん口説かれたのだった。コミュ障から口説くと言ってもひどいもので、何を言っているのかよくわからない。初対面のときはまったく聞きとれなかった言葉も、数年のうちにある程度聞きとれるようになってしまった。そのせいで口説かれていると気づいてしまったのだ。

コミュ障コミュ障なりに考えた結果、わたしと彼がつきあうべきだという結論になったらしい。わけがからなかった。ありえないし気持ち悪いし、全身全霊でお断りの気持ちを表現したのだけれど、コミュ障からそれも伝わらない。

 せめて彼がメンヘラだったらよかったのに、と思った。メンヘラなら、死んでくださいと伝えればちゃんと伝わって、死んでくれる。それでみんな幸せになれる。でも、コミュ障だとそうはいかない。死んでくださいと言っても伝わらないし、気持ち悪いし、どうしようもない。

 おとなしく家に引きこもって萌えアニメを見ていてくれたらいいのに。仕事以外で干渉しないでほしい。わたしが鬱になりそうだ。

  • 俺の場合「迷惑だからそういうことしないでほしい」と言ったら 相手は引きこもってつぶれてしまった。 まあそれ以外にもいろいろあったみたいだけど。 きちんと優しい言葉をかけ...

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