男は涙を見せない。男だから泣いちゃいけない。
よく言われることだ。
その婚約者とは、学生の時から付き合っていた、同い年の彼女だ。大学を卒業してお互い就職した。就職して2年が経ったとき、プロポーズした。
「結婚しよう。」
「はい。」
4年も付き合って、お互いそれ相応の歳なので、こういう流れになるのは当たり前といえば当たり前だ。
ありきたりではあるが、ごく普通の幸せに向けて歩き始めていた。
プロポーズから数ヵ月後、ご両親にご挨拶するため、彼女の実家へ伺った。
ものすごく緊張したが、地元の手土産を渡した後、仕事の話や自分の親の話など、こういう場において適当と思われる話題でごく無難に会話をすすめていった。
「結婚には反対しないが、まだ少し早いと思っている。」
その後、彼女のご両親との会食の機会を何度か設けて頂いた。自分という人間を知ってもらうために、そして、結婚を認めてもらうために、一生懸命いろんな話をした。
そんな状況が1年間続いたが、状況はよくなっていくどころか悪化していく。
「結婚はまだ早い」だったのが、いつのまにか「結婚には反対だ」に変わっていた。
自分で言うのもなんだが、一流大学を出て、誰もが名前を知ってるような大企業にも就職した。とりたてて容姿が悪いわけでもない。高学歴だとか大企業で勤めてるのが偉いなんて全く思わないが、一般的にみて親が結婚を反対するようなスペックではないことは確かだと思う。
結局、彼女とは別れた。
もう疲れた、というのが正直な気持ちだった。
それに、もしこの先なんとか結婚にこぎつけたとしても、その後の生活で彼女のご両親とうまくやっていけるとは思えない。うまくやっていく自信がない。
別れてよかったとは頭ではわかってる。でも、頭でわかってるからといってすんなり受け入れられるほど人の心は強くない。
嫌いになったわけでもない彼女と、理由もよくわからない理不尽な親の都合で別れるのは辛かった。
別れた日、一日中泣いた。次の日も、その次の日も泣き続けた。
涙が枯れるほど、という表現がまさにぴったりだ。実際、泣いているのに涙が枯れて出なくなっていた。
涙は枯れるものなのか、とはじめて知った。
1週間くらいたつと一日中泣き続けるということはなくなったが、だんだんと心が病んできた。心療内科にも通った。もともとポジティブな性格で、うつ病になんてかかるわけないと思っていたが、「うつ病は誰でもかかる」というのを、自らの身を持って実感した。1年ぐらい経つ頃には精神的にもだいぶ安定してきた。もともとポジティブな性格が幸いしているのかもしれない。
同じような経験をしている人、もっと辛い経験をしている人がいっぱいいるというのもわかっている。ただ、間違いなく自分のこれまでの人生の中ではダントツで最も辛い経験だった。この先、こんな辛い経験はしないだろうししたくない、と思っているが、人生なんてどうなるかわからない、というのも分かっている。
そんな経験を経た後、映画をみても、小説を読んでも、ちょっとしたことで泣くようになった。
ロッテ(当時)の清水直行投手の奥さんが若くして亡くなったというニュースを聞いたときは、涙こそ流さなかったが悲しい気持ちで胸がいっぱいになった。
自分の辛い経験を通して、それがどのくらい辛いことなのか、どのくらい悲しいことなのか、想像できるようになった。
人は、心の許容量を超えたときに涙を流す。嬉しい時に。そして、悲しい時に。
涙を流すことは、悪いことではない。涙を流さなければ、いつか心の許容量を超え、破裂してしまう。
男だから泣いちゃいけないなんて、誰が決めた。
どんなときでも涙を流さない人というのは、今までに涙を流すほど辛い経験をしてこなかったんじゃないだろうか。人の心の痛みがわからないんじゃないだろうか。
「年をとると涙もろくなる」というのは、年を重ねる中でいろいろと辛い経験をし、人の心の痛みがわかるようになるということなのかもしれない。
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