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はてなキーワード: 国会図書館とは

2023-12-08

anond:20231207095703

日本史オススメ

最初はウケ狙いの一般向け書籍からはじまって、学術的概説書、各論雑誌論文を学外者利用可能大学図書館なんかでコピーして読む感じになる。

田舎住みは国会図書館大阪府図書館の遠隔複写(郵送複写サービスを使え。

コピーした論文そのままでPDF化しても持ち歩けるからゲームしてたようなスキマ時間も読める。

アクティブ性格なら、さら史跡を訪ねる旅行も行け。

2023-12-05

国立国会図書館デジタルコレクション漫画デジタル

https://togetter.com/li/2267525

このまとめで国会図書館デジタルの館内限定資料話題になってたから見てみたんだけど

最近になって漫画が大量にデジタル化されたようだ。

ドラゴンボール https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?collection=A00001&title=%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B4%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB&eraType=AD&pageSize=20&sortKey=SCORE&displayMode=list

ジョジョの奇妙な冒険 https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?collection=A00001&title=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%81%AE%E5%A5%87%E5%A6%99%E3%81%AA%E5%86%92%E9%99%BA&eraType=AD&pageSize=20&sortKey=SCORE&displayMode=list

高橋留美子 https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?collection=A00001&creator=%E9%AB%98%E6%A9%8B%E7%95%99%E7%BE%8E%E5%AD%90&eraType=AD&pageSize=20&sortKey=SCORE&displayMode=list

コミックス https://dl.ndl.go.jp/search/searchResult?collection=A00001&title=%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9&eraType=AD&pageSize=20&sortKey=SCORE&displayMode=list

今のところ図書館現地に行かないと見られないのであまり意味はないけど、絶版漫画はそのうち個人送信で自宅から見られるかもしれない。

手塚治虫石森章太郎藤子不二雄なども相当ある。

ただ全部揃っているわけではなくて、ジョジョは32巻(山岸由花子は恋をする)から第5部終了までしかない。33巻(トニオ回)はなぜか抜けてる。

以前こんな増田があったか納本漏れてるのかと思ったが、紙の本を検索したら収蔵されてるので違うらしい。

https://anond.hatelabo.jp/20110806220531

待ってればデジタル化されるのかね。

2023-12-03

国会図書館トイレ便器からはみ出たまま放置されたウンコをうっかり踏んだときの恨み、いまでも忘れられねえ

2023-11-28

共産党内部統制民主集中制志位委員長

2年前の衆院選において、吉良よし子日本共産党常任幹部会員が述べた表現規制発言について「共産党の良く分からん奴」、「こんな女性議員ちょっとした発言」などとして共産党全体の問題とはしない擁護が見られた(https://anond.hatelabo.jp/20231126202929

だが、共産党員が外部に対して意見を表明する場合、党の意に反した発言をすることができない。これを民主集中制という。(https://anond.hatelabo.jp/20230212205420

はてなにおいてもとある共産党員のブロガーが除名に追い込まれたことで、一部で話題になった。(https://m-dojo.hatenadiary.com/entry/2023/09/07/015416

では、民主集中制が具体的にどういうものなのか、志位委員長はそれにどう向き合ってきたのかを、志位委員長が書いた論文「変節者のあわれな末路」を例に見ていこうと思う。

本当は除名問題が盛り上がっているときに書きたかったが、古本で一万円もして手が出なかった(https://www.amazon.co.jp/%E6%8A%95%E9%99%8D%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E8%80%85%E3%81%AE%E8%A6%B3%E5%BF%B5%E8%AB%96%E5%8F%B2%E8%A6%B3-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%85%9A%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A/dp/B00KSRE60K)。なかなか国会図書館に行く機会がなかったので今となった。

伊里一智事件

論文「変節者のあわれな末路」は、分派活動を行ったとして除名された伊里一智氏(当時大学院生)を全面的批判した論文となっている。

伊里一智事件とは、党員宮本顕治議長。当時の日本共産党トップ)の辞任を求めた事件で、分派活動とされ、最終的には党から除名されている。(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E9%87%8C%E4%B8%80%E6%99%BA

論文「変節者のあわれな末路」について

この伊里一智氏を徹底的に批判したのが、当時党青年学生対策委員だった志位和夫氏であり、また、ここでの大批判志位和夫氏の党内での出世きっかけになったとも言われている。

当時党中央委員会青年学生対策委員だった志位和夫宮本顕治の直接の指示を受け、党の規律に背いて他の代議員に対し働きかけた分派活動と断定した。

(前掲Wikipediaより)

赤旗掲載され、論文集「投降主義者観念論史観」(日本共産党中央委員会出版局)にも収録されているこの論文は、志位委員長の、そして共産党の体質が色濃く出ていると思うので分析していきたい。

ちなみに、論文集「投降主義者観念論史観」は伊里一智氏批判のための書物であり、端書と目次を紹介する。有力幹部でもない単なる一党員にここまでするのかとも思う。

(はしがき)

本書で批判対象となっている東大大学院生「伊里一智」なる人物は、1970年代かば以来展開された反共反動攻勢のもとで、日本共産党路線確信を失って、不まじめで小ずるい、しかピエロ的な反党分派活動にのりだし、日本共産党から規約にもとづいて除名された人間である(後略)

(目次)

反動攻勢へのみじめな屈伏(赤旗

◯ふざけた計画、ふざけた弁明(赤旗

反動攻勢への政治的思想的屈伏(河邑重光)

◯変節者のあわれな末路(志位和夫

反共分裂主義者への容認、屈服を吐露する(行方克也)

原水禁運動変質・解体への賛美と共鳴金子博)

◯退廃と遊戯の「哲学」(志位和夫

◯敗北の「哲学」(長久理嗣)

偏向記者の異常な立場赤旗

虚構の「ゆらぎ」(小林栄三)

◯『朝日ジャーナル』の「歴史逆行の道」(河邑重光)

◯党規律否定の「言論出版の自由」論(水口春喜)

民主連合政府スローガンをめぐって(赤旗

◯「国政選挙での一進一退」とはどういうことか(赤旗

論文「変節者のあわれな末路」の分析

本来であれば伊里一智事件の経緯と合わせてみていった方がいいのだろうが、それをすると異常に長いものとなってしまうので志位委員長の考え方が出ているであろう部分を抜粋し、コメントを付していきたい。

なお、双方共産主義者であり、どちらがいかに正しく共産主義理解しているのかという議論もしているが、そこには踏み込まない。正直意味わからんし。

以下、引用は全て志位委員長論文「変節者のあわれな末路」より抜粋したもの

結社の自由にもとづいて自発的意思政党に加入した者はだれであれ、出版言論自由をふくむ自らの基本的人権をその政党目的実現にむけて行使すべきである

いきなり凄いのが出てきた。仮に自民党総裁が、「自民党員はその基本的人権自民党目的実現のために行使すべき」とか言ったらどんな反応があるだろうか。

いくら政党等の団体所属していたとしても、基本的人権は各種団体よりも優先されるものであり個々人が自由行使できるもの認識しているが、日本共産党においてはそうではなさそうだ。

わが党は、「伊里」が、彼の反党文書のなかで、理論派閥容認」「党外出版物での批判容認」「横の交流拡大」などの、民主集中制を完全に否定する主張をおこなっていることを、彼の解党主義分派主義のあらわれとしてきびしく批判した

やはり、志位委員長も党内に派閥ができることや党の外での共産党批判NG認識しているようだ。

あと、注目すべきは「横の交流」も民主集中制的にはNGと考えていることだろう。

党の末端はあくま中央から指導されるものであり、末端同士で連携することは考えていないようだ。分派活動になるからだろうか。

科学的社会主義は一つしかないわけではなく」などというのは、科学的社会主義客観的な真理性を否定する相対的見地にほかならない

すなわち共産党客観的な真理性を体現していると言うことだろう。

坂本中央委員からつぎのような指導を受けたことをみずから明らかにしている。

「議案提出の主体は、…代議員有志など複数であってはならない」「党会議の事前に文書を配布することはできない」「事前に他の代議員と討論したり、自分提案に対する支持を、…求めてはならない」

坂本同志の発言は、「伊里」によってところどころゆがめられているが、こうした「伊里」の"証言"によっても、彼のおこなったような分派活動規約で禁じられたものであることを、坂本同志がはっきりと指摘していたことは明らかであろう。

まず目につくのは複数名(連名)の提案は認められないところだ。複数名での提案は、党内に派閥を作ろうとしている(分派活動)だと言うのだろうが流石に無理がないだろうか。

ちなみに伊里一智事件においては伊里一智氏ともう一名による連名だったそうだが・・・

次に、事前の議論多数派形成を認めていない部分だ。会議をやった経験のある方ならわかると思うが、これでは何も提案するなと言っているに等しい。いきなり重大案件を突きつけられて判断できる人はそうそういない。

結局、常日頃から末端を「指導」できる中央意見しか通らないと言うことだろう。

◯「伊里」の本が、いかに低劣な内容

◯三文反共雑文を書き送る売文家たちと同じ地点まで、「伊里」が転落してしまっている

◯「伊里」が本のなかでおこなっている弁明は、卑劣を通りこして、こっけい

◯「伊里」が語れば語るほど、その言葉から卑しい分派主義者本質が、すけてみえ

おまけで志位委員長による罵詈雑言集をつけといた。

余談1

やたらと大仰な言葉遣いする割に、漢字問題ないところまであえて平仮名で書くのは共産党文化なのかな(「もとづいて」「不まじめ」「ふくむ」「おこなった」「ゆがめ」「だれ」など)。書き写しにくくて仕方なかった。

余談2

やたらと「分派活動」という用語が出てくるがそもそも日常的な用語じゃなさそうなので、辞書を引いておこう。

共産党場合は党を分裂させようとする行為、という認識問題ないと思う。

デジタル大辞泉より)

ぶん‐ぱ【分派

1 主となるものから分かれ出ること。また、分かれたもの

阿蘇の—の一峰の右に」〈独歩・忘れえぬ人々

2 主となる勢力から分かれて別に一派をなすこと。また、その一派。「—を立てる」

ぶんぱ‐かつどう〔‐クワツドウ〕【分派活動

つの団体内部で、信条利益などの相違から派閥をつくって、主導権を握ろうと争ったり、団体基本方針とは別の行動をとったりすること。

追記

ブコメより

投降主義者観念論史観』と,伊里一智の著作『気分はコミュニスト』がネットにアップされてたhttps://sites.google.com/view/sokokutogakumonnotameni/%E9%A6%96%E9%A1%B5 後者増田言及してる宮本批判のもので、不破にも触れられてる

国会図書館まで行った俺の立場

リプライより

誹謗中傷で訴えられても知らないよ

訴えられちゃうのか怖いなぁ

法律詳しくないけどいくらくらい賠償請求されるんだろう

2023-10-20

本棚が足りない

10畳1K

技術書小説漫画

電子書籍も試したけど合わなかった

なるべく漫喫図書館で借りたりして読んでるが、好きだった本は手元に置いておきたくなる。

同人個人出版?の本や漫画はもう二度と出会えないかもしれないので捨てられないし、好きな本は問答無用で買ってしま

技術書は古いの定期的に捨ててるがずっと残しておきたいのもあるし、図書館には無い。

会社で借りたり買ってもらったり出来るが技術書は読むのに時間がかかるので返却日に追われず色々並行しながらゆっり読みたいのでやはり自分の本として欲しい



引越しすればいい

まあそうなんだけど…

引っ越すのも面倒だから家建てようかなと思って書庫がある家とか、書庫まで行かなくても本専用部屋がある家とか見てるんだけど面倒くささが勝って行動に移せてない

国会図書館は?

出不精すぎて行くくらいなら買ってしまう……

国会図書館すごいよね。

デジタル化されてるものは本の中身でも検索できる。

親が親(私の祖父母)の思い出?をかきあつめてたんだけど、親も生まれてない、祖父母若い投稿した雑誌とかヒットしてた。

床が抜けそうなので、とりあえず追加を買わないことにした

父と私が本を集めるので実家底抜ける!って母親に怒鳴られて父とめそめそ断捨離したの思い出した。

とりあえず増やさないのが第一だよね……。欲しい本まだたくさんある……

2023-10-15

anond:20231015151001

国会図書館サイトなんかでSFの有名本が日本でいつ出版されたかとか、出版社のSFレーベルがいつ作られたかとかも調べて表にしてみれば?

2023-10-14

anond:20231013112836

個人的文科省に思うところはグローバル化インターネット普及による情報更新性拡大への対応が甘いということですかね

英語IT教育はやや強化したが、社会科では外交史は教えてない

ウェブサイトには、かつての奴隷憲法下の錬成教育歴史なんぞを貼り付けていたり、内向きの逆コース歴史を強調している(治五郎など、外交家の暗殺疑惑歴史を隠しているようにも思える)

最近キュー・ガーデン祭りをしたりしてたし、文科官僚英米氏族金融産業との癒着や指示もありそうな感じ

表記文献を読みやすくする工夫がないから、国会図書館にある情報ほとんと埋もれたまま研究されない

  

戦前米国ユニテリアン協会や、動員のための青年学校植民地教育外資企業もけっこうあったとか、なんで学校で教えてくれないかなあ

2023-10-01

死ぬ前に残したいこと

自分はもう死のう。

さっき長く親しんできたSNSアカウントも削除して、人間関係を消去した。

そのあと自分でしたのもおかしいけれど、亡くなった年長の友人にLINEしたことだった。自分スマホに残っているそのアカウントに《そっちはどんな感じですか》とか《そっちでも遊んでください》とかLINEしてる。バカみたいだけど意外とこれが落ち着く。

でも意気地の無い人間から、どこかで自分のことを誰にしっていてほしいという気持ちがあります。その誰かは知らない人でも十分だ。というか、知らない人の方がいい。

なので、これまでの想い出語りをしたいと思う。自慢話とか愚痴かもしれないけれど、まあ、死ぬときぐらい好きに書かせてほしい。

生きていてよかったこと思うことは二つあります

ひとつ仕事がある程度までできたこと。就職はできなかったけれど、フリーとしてそこそこ仕事はできたんじゃ無いかと思う。

30歳のときに初めて自分の本が出せた。全ての本は国会図書館とに残されると聞いていたので、これでようやく自分の証しができた、と思った。

子どものころから身体が弱く、1年間通じてまともに学校に通えなかった。勉強スポーツもできなかった。ずっと家に居てすることもなく、ただ本を読んでいるだけの少年だった(ネットゲームもない時代です)

そこの読書量が、あとあと効いたのだと思う。喘息はしんどかったけれど、神様ちゃんと居場所を用意してくれるんやなと思った。

ただこれは体験してみて自分感情に驚いたのだが、本が出たときしかった。風呂無しの小さなアパートで頑張ってきて、その頑張りを見ていてくれた女性がいなかった。私は人生の伴走者がほしかったのだ。苦労して苦労して、なにかを達成したときドラマなら「ゃったー」と拳を突き上げるのだろうけれど、現実には寂しさと安堵しかない。

二つ目結婚できたこと。

40歳を過ぎて結婚できたことは、本当に嬉しかった。テーブルに並べられた彼女が作った晩ご飯を初めて見たとき、やっと自分も人並みの人生が送れるのかと涙が出た。

ただ私は人への想像力か欠けていて、彼女にいろいろ迷惑をかけてしまった。浮気とか借金ではなく、経済力です。だぶん彼女は私に過大な幻影をみたのだと思う。自分名前で何冊も本を出したり、書いた記事雑誌署名入りで載っているから、業界以外の人は「すごい」と思うのだろう。ただ私は彼女か期待するほどの書き手ではない。私もずるいところがあって、彼女の期待をあえて否定しなかった。

今日はもうここでおしまい。また明日

2023-09-13

https://togetter.com/li/2219504 桜真咲先生、またもや同人誌国立国会図書館納本されてしま

「アレの検査結果」が未来永劫残ることが確定」

 

この人の同人誌ほんと増田親和性高いネタ多いやで

国会図書館まで足を運ぶべしやで

2023-09-02

anond:20230731030542

中村病院事件についての増田があったので調べてみたよ

https://altairposeidon.hatenablog.com/entry/2007/06/01/221511

https://altairposeidon.hatenablog.com/entry/2007/06/01/223323

 これによるとソース

”SAPIO,4/11号の「封印されていた占領下の米兵日本人婦女子陵辱事件ファイル」で、ジャーナリスト水間政憲氏の記事である。”

http://blog.livedoor.jp/nanka_youkai/archives/6835240.html

 これによるとソースは『黒い春』(五島勉

https://www.amazon.co.jp/dp/B000J6LL0I

 そしてこれによると

”「続 日本貞操」蒼樹社 1953年(昭28) の復刻版です。”

https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000903727-00

https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000903727-00

 国会図書館オンラインで読めるので興味がある方はどうぞ

2023-08-29

差別する側の、「逆・心のノート」「逆・にんげん」を読んでみたい

原爆被曝者・何世だから、「被差別部落出身から朝鮮人からハーフから、このような差別に会った。社会無理解理不尽さ。悔しかった、悲しかった。あるいはこうして対応した。差別は許されない。」

…という文章はたくさんある。「道徳」の副読本であったり、人権授業で使われる読み物(「心のノート」とか)であったり。もっとわかる人向け(多分関西オンリー?)にいえば、「にんげん」みたいな読本などに載っている読み物。

ところで私は、この逆の立場の、差別を行ったとされる人々の気持ち、云わば「逆・にんげん」を読んでみたい。

差別理不尽さというのはすべて人間が生み出しているものだが、果して(近)現代人間の中で、人権と、差別との「妥協」はどのように行われているのだろうか。

一体どのようにして、差別正当化と、その追認が行われているのだろうか。知ってみたい。

それももちろん何か差別の悪を糾弾するとか反面教師皮肉としての読解ではなく、自然文体としての体験談で読んでみたい。

「娘が誰かと付き合っている。結婚するかもしれない。うちは名家だ。興信所を使って相手の素性を探ろう。それみたことか、「部落」だ。ダメダメだ、結婚絶対に認めない。これでウチは安泰だ…。」

原爆ダメだ。直接の被曝ダメだし黒い雨被曝ダメだ。実際に被害惨状や何かを見たわけではないが、とにかくダメだ。奇形児が生まれるかもしれない。病気うつされる。こういうもの収容所に閉じ込めて二度と出てこないように」

みたいな文章になるのだろうか。差別原始的かつ素朴な感情からまれるとはいっても、もっと複雑な何かがあるはずだが。

ここまで書いてみて、ヤフコメとかまさにこのはてな匿名ダイアリー絶対そんな部分があるよな、と思ったが、なんというか作為や露悪、学級会的な目配せもかなりありそうなので、何とも言えない。

国会図書館デジタルアーカイブなどで戦前書籍などを探れば、より平然とさも当然に行われる差別とその正当化が現れてきそうだし、大きな参考になりそうだが、私としては戦後の・建前上は完全に民主主義社会に染まってる人々の思考を探ってみたい。

なぜ、あなたは近所の知り合い、子ども結婚相手就職してくる相手出自や素性を知りたがり、そこに何かを見出したがり、そしてそれを排除したがることで安心したがるのかを。

それが明らかになることで…つまり何かそれを巨悪の告発などではなく、ただ反対の立場になっただけの「読本」として目に出来るだけで、道徳人権などの教育さらに一皮むけると思うのだが。

2023-08-23

韓国日本弁護士を名乗る爆破予告相次ぐ...真相は?

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2023/08/post-102474_1.php

市民が恐怖に怯えるなか、韓国警察日本弁護士を名乗る爆破予告にも悩まされている。8月7日ソウル市職員数人に爆破予告メールが送られた。「8月9日15時34分までに李在明民主党代表殺害しなければソウル市内の図書館半径334メートル爆弾が爆発する」というもので「ソウル地下鉄に爆弾を設置した」と書かれていた。

予告犯日本弁護士を名乗っており、弁護士所属する法律事務所電話番号ファクス番号が記載されていた。警察特攻隊爆発物処理班が、国会図書館などを捜索したが、疑わしい物は見つからなかった。

2023-08-08

チョレギサラダ」の謎

はじめに

日本ではすっかり定番となった「チョレギサラダ」。

ざっくり言えば「レタスごま油と塩ダレで和えたサラダである

ワカメ海苔を入れたり、ドレッシング醤油ダレだったりすることも多い。

韓国料理だと思っている人もいるだろうが、実はこのサラダ韓国には存在しない。

そもそも韓国人に「チョレギ」と言っても通用しないらしいのである

では「チョレギ」とは何なのか?

インターネット上ではいくつかの語源説が流布されている。

ちぎる説

かつて多かったのは「チョレギ」=「ちぎるという意味韓国語」という説明である

https://www.seoulnavi.com/special/5000619

チョレギサラダのチョレギとは、手でちぎるという意味。その名のとおり、レタスなどをちぎって作るサラダなのです。

しかし実際に調べてみると、韓国語で「ちぎる」は「뜯다(トゥッタ)」や「찢다(チッタ)」と言う。

この説は明確に誤りと言えそうである

浅漬け

もう一つは「チョレギ」=「韓国語で浅漬けキムチ意味するコッチョリの方言チェレギ」という説である

おそらく以下のようなブログで書かれた内容が広まったのだろう。

https://www.kansyoku-life.com/2006/04/86.html

結論から言うと「コッチョリ」の慶尚道方言で、現地の発音では「チェレギ」と呼ばれます

「コッチョリ」とは浅漬けにしたキムチのことで、発酵期間をおかず、漬けてすぐに食べるのが特徴です。

野菜に味付けをして和えるだけなので、見方によってはサラダとも言えるでしょう。

サンチュのコッチョリなどは、見た目もサラダのものです。

現在Wikipediaなどでも概ねこの説が踏襲されている。

しかし疑問は残る。

サンチュコッチョリは「サンチュ唐辛子ダレで和えたサラダ」とでも言うべきものであって「レタスごま油と塩ダレで和えたサラダ」ではない。

ワカメなどはサンチュコッチョリでも使われることがあるらしいのでいいにしても、少なくとも唐辛子が使われていないとコッチョリとは言えないのではないか…?

犯人エバラ

さて、「チョレギ=ちぎる」説について、前掲の記事ではこう説明されている。

チョレギの意味が混乱しているのは、日本にやってきた当初の説明不足が原因だと思われます

僕の記憶によれば、チョレギを有名にしたのはエバラCM

チョレギドレッシングなるものを発売し、大々的にチョレギの名前日本に広めました。

このときホームページでの説明が、「チョレギとは『ちぎった生野菜サラダ』を意味します」というものでした。

この説明で「チョレギ=ちぎる」という認識が広まりネット上でも、そのように説明されているケースが多いです。


2001年当時のエバラウェブサイト確認してみると、たしかにそう書いてある。

https://web.archive.org/web/20011214042210/http://www.ebarafoods.com/news/recipe/choregi_recipe.htm

チョレギとは?

『ちぎった生野菜サラダ』を意味します。

しかも、当時のエバラの「焼肉屋さんのチョレギサラダシリーズには「あっさり塩味」「ピリ辛コチュジャン味」「焙煎ごま醤油味」があったらしい。

まり当時のエバラは「チョレギサラダ」を「ちぎった生野菜サラダ」というだけの意味で使っていて、味付けはさまざまなものを想定していたのだろう。

ただ、「焼肉屋さんのチョレギサラダ」は2005年頃に販売終了、その後はチョレギドレッシングを発売しても塩味だけにラインナップを絞っているようだ。

まり売れなかった(あるいは塩味しか売れなかった)のかもしれないが、当時は印象的なCMを盛んに流していたので「チョレギサラダ」の知名度は向上したものと思われる。

エバラ以前の「チョレギ」

では、エバラドレッシングを発売する以前、日本で「チョレギ」はどのくらい広まっていたのだろうか?

例によって国会図書館デジタルコレクション調査してみよう。

国立国会図書館デジタルコレクション

これをみるかぎり1976年週刊ポスト記事が最も古い。

国立国会図書館限定」なのでネット上では内容を確認できないが、以下のような記述らしい。

女性に人気があるのは、いうところの野菜サラダであるチョレギなる代物。特製の味つけは店の極秘というだけあって、その味はちょっとしたもの

OCRの精度がかなり怪しいが、どうも「神宮前の『神宮』」という焼肉店を取り上げているのではないかと思われる。

次に古いのが1981年週刊文春記事

それからサラダの「チョレギ」はサラダ菜と長葱に十種類の調味料を合わせたドレッシングが使ってあって、味も格別です。

こちらも、おそらく「青山の家の近くに開店した焼肉屋さんの『第一神宮』」という店について書かれている。

この神宮前の「神宮」と青山の「第一神宮」はおそらく同じ店を指していると思うのだが、

第一神宮 青山店」はつい最近まで営業していたので食べログにも載っている。メニューを見ると、

https://tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13001197/dtlmenu/

チョレギ 700円

手作りドレッシングサラダ

ワカメチョレギ 800円

と、しっかり「チョレギ」が確認できる。「ワカメチョレギ」もある。

また写真を見るかぎりでは唐辛子確認できず、それほど辛くはなさそうだ。

そうしてみると、韓国サンチュコッチョリをもとに現在のようなチョレギサラダを作り出したのは「第一神宮」なのではないか、と推測したくなる。

(もちろん記録に残っていないだけで他店でさらに古くから存在した可能性はある)

ついでに「コッチョリ」も検索してみよう

週刊現代1985年

あっさり味のサラダ「コッチョリ」

主婦生活1987年

夏野菜韓国サラダ・コッチョリ ごま風味の辛みダレでいただく

月刊食堂1992年

コッチョリ(韓国サラダ)

週刊現代2000年)

コッチョリ600円。しょうゆベースの甘辛いドレッシングがかかる韓国サラダ

1980年代の時点ですでに「コッチョリ」も「韓国サラダ」という意味になっていたようだ。

また「あっさり味」「ごま風味の辛みダレ」「しょうゆベースの甘辛いドレッシング」などはそれぞれ異なる味付けに思える。

こうしたバリエーションを眺めて、エバラが「塩味」「コチュジャン味」「醤油味」を発売したというのなら筋が通る。

まとめ

「チョレギ」はもともと韓国浅漬けキムチのことである

韓国ではどちらかというと「コッチョリ」と呼ばれることが多いらしい。

特にサンチュのコッチョリは「唐辛子ダレの野菜サラダ」とも言える料理である

日本では1970年代から第一神宮」という焼肉店が「野菜サラダ」として「チョレギ」を提供していた。

それはコッチョリというよりも、おそらく現在チョレギサラダに近いかたちにローカライズされたものだった。

1980年代以降、チョレギやコッチョリは焼肉店などを通じて広まり、さまざまな味の「韓国サラダ」の総称となっていった。

2001年に、エバラ韓国サラダドレッシング商品化した。

塩味」「コチュジャン味」「醤油味」があり、それがおそらく当時の焼肉店でよく見られた韓国サラダラインナップだったのだろう。

また、そのときチョレギサラダ」という呼称採用されたことにより、「コッチョリ」よりも「チョレギ」という呼称が広まることになった。

といった感じでどうだろうか。

ここからさら調査を進めるとしたら「第一神宮」の店主に話を聞いてみたり、

1970年代以前に「チョレギサラダ」や「コッチョリサラダ」を出していた店がなかったかを調べる感じか…。

2023-07-31

東京に住んでるだけの人って、どうやって文化享受してるんだろう。

西日本のよくある地方都市に生まれて。

大学だけ関西マンモス私大に通っていた。(院は京都)

関西は、文化的趣味(美術音楽、古伝を基礎にした先端の感性に触れる)機会があって、けっこう楽しかった。

大阪京都神戸。どこも自分の住んでいた古い町よりも深くて大きくて驚いた。驚くことで調べて地元の深さ広さ高さ長さも知った。「大阪」や「東京」という一語にくくれない。どんな都市文化だってそうだ。自分の街も関西についても0.4%だって知らなかったなってイキり散らした間抜け自分ダメージ

最先端のものを追いかけて、日本上陸サムシングに群がる有象無象クルクルパームーブって虚しいなと思った。彼/彼女らは、たいてい東京に3店舗くらい来て3年待たず撤退する不良債権みたいな事業ばかりを追いかけてる。殺虫灯に走っていく夏の夜の虫みたい。

もちろん、東京しかないものもあるだろう。人口が多いから成立する商売だ。たしかに5%くらいは東京のものかもしれない。でも5%なら、その他の市町村にも固有性はあるんじゃないだろうか。語彙「文化」は、まさに、そういった普遍性固有性を汲み上げるための教養であり、それを支え、そこに参与していく主体性と不可分ではないだろうか。

から東京に住んでいることだけで、自分たちを文化の中心にいると勘違いしてる人を見ると哀れだなと、としみじみ思った。

それで、社会人になってからだ。

出張に行くことも増えてきた。

そうすると、福岡だったり、仙台だったり、札幌だったり、熊本だったりと、それなりに栄えた地方都市の豊かさに心打たれるようになった。

ここには、東京でやった展覧会巡回展も来てくれない。海外アーティストライブだってやらない。でも国会図書館にはアクセスできる。

こういう場所暮らしている人々もまた、それぞれに趣味を楽しみ文化をつくっている。自分のいる場所が中心じゃない。

大人になると誰でも、この程度は判る話だ。

辛くならないんだろうか。東京に住んでるだけ、海外文化消費者第一人者自称することで、文化つくってる気になるなんて。

まあ、地方だって展覧会には行列ができる。でも東京で数時間ならんで観るくらいなら、その時間で、もっと文化的で豊かなことできそうだけど。

寂れた東京痴呆民の戯言だけどね。

なんか、悲しくなってきた。

追記

地方文化なんて単なる消費じゃないか!みたいな意見が大きな釣り針で垂らされていて、すこし驚いている。

聞いてみたいんだけど。

いい?

海外から東京地方の人たちのところまで降りてきた"文化"が、最初から"文化"として存在していたと思ってるの?」

まだ評価が定まっていない、新しいモノ・若いモノの中から未来コンテクストとなるような本物を自分の目で見つける。

自分と同世代の人たちのあふれる才能にビビりながらも影響を受けていく。

もしくは深く長く高く広い伝統文化と、そこから湧出する人類普遍文化的性質との邂逅。

そのスリリングさ。

文化って、そうやって生まれものでしょ?

そんな文化の創出を支えていくのが人間醍醐味だし、現場にいないと、感じとれない大切なモノってあるでしょ?

文化」は東京に住んでるだけでつくれるモノじゃ、ないんです。

海外で生まれ文化を、周回遅れで東京享受する。

そんな受け身体験は、消費であって文化ではない。

または、京都奈良のような古都について。

評価の定まったもの、枯れた文化の上であぐらをかける人々にも出会えない程度の人脈と教養しかなかった君のどこが文化的なの?

まあ東京4世代から住んでいて、かつての東京の深みのようなものを、ある程度まで理解してるなら別だけど、住んでるだけなら、もはや首都神話観光業界が生み出したファンタジーだってかると思うけど。

東京サロン文化だなんて言うけど、どこでももサロン文化あるからね。明治維新の頃に、日本近代化したの知ってるかな。

最後に、ちょっと他の人の記事に反応するようだけど。

東京の雑踏に住んでいたら新しいもの出会う。

素敵だけど、それは個人的体験であって、文化とは別の価値

文化とは、人の集まるところにしか成立しないもの。そして人類の多くが集まって暮らしてる。

あと、蛇足だけどガルシアマルケス翻訳をみたの?原文を読んだの?

2023-07-29

図書館がない田舎で本にアクセスする方法

どんな市町村にも公民館学校があり、小さな図書室がある。

村上春樹レベルなら新刊が常に入るし、流行小説で読みたいものがあればリクエストしてすぐに買ってもらえる。

読み聞かせ教室では、絵本はいだって人気だし、自分文字が読めるようになれば江戸川乱歩ルパンシリーズもの面白いハリーポッターは本好きでなくてもみんな通る。

あとは児童向け文庫も侮れない。レミゼラブルとか海底二万里とか、好きな小説をたどれば、そのまま古典文学アクセスできるだろう。

謎解きカラマーゾフみたいな本は小説じゃないけど、新聞書評欄に載ってれば図書室は買う。新聞書評欄は大事だ。

田舎だとちょっと気の利いた住民が、個人文庫という名目で蔵書を開放してたりもする。昭和ベストセラーから少し外れた作品なんかはここで読める。

図書レベルじゃなくてそこそこの規模の市になれば、図書館本館と分館で相互貸出もしてるので便利だし、あとどうしても近場で在庫のない本は、国会図書館の郵送貸出で取り寄せできる。

まあ、車の免許を持たない子供でできる範囲だとこんなものだろう。

とはいえ一生のうちに触れられる情報には限りがあるのだから、身近なところで花崗岩を拾ってグスコーブドリを思い、ツツジの雄蕊雌蕊を観察するとき太郎になりきればいい。

あとは、俳句でも始めれば、歳時記片手の散歩が楽しくなるだろう。

anond:20230727214057

これ明らかに釣り記事なんだけど、「国会図書館だってない」には笑ってしまった。国会図書館に行かないと満足できないほどの読書をしているようには全く見えないんだけど、東京しかないものほとんど思いつかなかったのかな。ひょっとしたら都民ですらないかもしれない。都心3区なんて言い方、ネイティブで言う人間は全くいないし都民にとっては「区」じゃなくて「最寄り駅」なんだよね。

2023-07-27

東京に住んでない人って、どうやって文化享受してるんだろう。

都心3区に生まれて。

大学だけ京都の某大学に通っていた。(院はやはり東京)

関西でも、文化的趣味(美術音楽最先端海外文化など)って、けっこうキツかった。

大阪京都神戸を合わせて、東京の4割くらいのイメージ

最先端のものはほぼないし、日本上陸サムシングも、たいていは東京に3店舗くらい出来てから関西に来る。

もちろん、趣味の95%はカバーできるんだと思うけど、上澄みの5%は東京しかない。

言ってみれば、京都首都だった頃の一級品は京都しかないのと同じだ。

から東京に戻ってきたときは、ああこんなに恵まれてるんだな、としみじみ思った。

安くて美味しいご飯は多いんだけどね、関西は。

それで、社会人になってからだ。

地方出張に行くことも増えてきた。

そうすると、福岡だったり、仙台だったり、札幌だったり、熊本だったりと、それなりに栄えた地方都市に行くわけだ。

ここには、東京でやった展覧会巡回展も来てくれない。海外アーティストライブだってやらない。国会図書館だってない。

そういう場所暮らしている人って、どうやって趣味を楽しんでいるんだろうか。

大人になると誰しも、尖った趣味の一つや二つはあるだろうに。

辛くならないんだろうか。

まあ、東京だって印象派展が大行列

寂れた世界地方都市だけどね。

なんか、悲しくなってきた。


追記

東京文化なんて単なる流行りモノじゃないか!みたいな意見が多くて、すこし驚いている。

聞いてみたいんだけど。

いい?

地方の人たちのところまで降りてきた"文化"が、最初から"文化"として存在していたと思ってるの?」

まだ評価が定まっていない、新しいモノ・若いモノの中から未来コンテクストとなるような本物を自分の目で見つける。

自分と同世代の人たちのあふれる才能にビビりながらも影響を受けていく。

もしくは海外から異文化との邂逅。

そのスリリングさ。

文化って、そうやって生まれものでしょ?

そんな文化の創出を支えていくのが都市生活醍醐味だし、現場にいないと、感じとれない大切なモノってあるでしょ?

美術美術館だけで見るモノじゃ、ないんです。(巡回展の例えは皆にわかやすく書いただけだよ)

東京"で"生まれ文化を、周回遅れで地方享受する。

そんな受け身体験こそ、消費であって文化ではない。

もしくは、京都奈良のような古都

評価の定まったもの、枯れた文化の上であぐらをかくことの、どこか文化的なの?

まあ京都に4年住んでみて、かつての京都の深みのようなものが、ある程度までは現存していても、あとはもはや観光業界が生み出したファンタジーだって分かったよ。

京都サロン文化だなんて言うけど、東京サロン文化からね。明治維新の頃に、華族は皆東京に移り住んだの知ってるかな。

最後に、ちょっと他の人の記事に反応するようだけど。

田舎の畦道を歩いたら蛙に出会う。

素敵だけど、それは個人的体験であって、文化とは別の価値

文化とは、人の集まるところにしか成立しないもの

あと、蛇足だけどガルシアマルケス短編集読むと過大評価だってわかるよ。

2023-06-03

図書館テレビゲーム借りれるようになったらもう誰も新作買わないでしょ

はじめに

イヤッフー!!!!

増田!一番乗り(ブンブンブンブン

ぜってー誰か(逆張りで)こういうの言うと思うんですが~~~~それならもう俺が言ってもよくな~~~い???

ってことで書かせて貰いました―。

こういうの言う奴全員に共通してますが「バズりてーだけで本気でなんて言ってない」ので悪しからず~~~👈(+_+)いや普通にEVILやろ

じゃあ今からエミュに入りますので人格変わりますので悪しからず👈:-( 特定仮想人格インストールしてエミュ文化普通にEVILやろ

本文

マンガ図書館Z(こういうのに詳しい息子が言うには綺麗な漫画村みたいなサイトらしい)を運営している赤松議員が今度はゲーム図書館を作ろうとしているようです。

よく分からないんですけど昔一時期話題になったマジコンみたいのでゲームデータを吸い出して別のゲーム機やパソコンで遊べるようにするみたいな技術を応用して。

昔のゲームを今のゲーム機で遊べるって、ようはSwitchダウンロードストアみたいな感じなんですかね?

それをやると古いゲームがずーっと残るんだとか。

NHKがやってる番組アーカイブみたいなのをゲームでやりたいってことらしい。

でもちょっと待って、それやったらゲーム業界終わるんじゃね?

昔のゲームいくらでも無料で遊び放題になったら新しいゲームの売上が目に見えて落ちると思う。

だって昔のゲームでも面白いの沢山あるし、それこそ話題の変な新作なんかよりもドクターマリオずっとやってた方が楽しかったりするでしょ。

トワキンみたいな凄い話題作品なら兎も角、微妙ライン作品全然誰も買わないんじゃないの。

少なくとも私はここ20年ぐらい本買ってない。

全部図書館で済ましてる。

貴志祐介村上春樹だって2年も待てば予約しなくても借りられるし、焦って新刊に1000円払う必要あります

10年前は一生借りられそうもなかったハリーポッターですら今や児童書の棚に普通にささってるのが現実だし。

無料ゲームって今すごく人気あるじゃん

基本無料で客集めてそれからガチャで集金みたいなの。

ゲームって実際に遊ばないと分からないのに最初に一括購入なのがネックだったのが一気にアレで解消されたよね。

本体1万円でDLC2000円✕4みたいなのは分割購入じゃなくて単なる未完成商法から今は黙っててね。

でもさ、ゲーム図書館が出来たら完全無料最後まで遊べちゃうんだよね。

しかもその多くが「図書館に残そうと誰かが考えたような名作」だっていうんだからさ。

商売上がったりもいい所でしょ。

伝説的な名作がいくらでも無料で遊べる状態デフォって。

あと商売において「もう手に入らないかも」って感覚は凄く大事だと思うんだけどそこも手痛いよね。

再販されるかどうか分からいから今のうちに遊んでおこうって人は結構いると思うんだよ。

過去ダウンロードリメイクが沢山繰り返された時代だけど、それ故に「でもやってな作品も沢山あるあよね」ってことが再発見されたと言うかね。

そういうのって権利関係だったり収益が見込めなかったりが原因だろうけど、国がゲーム図書館作りますよで利益度外視大義名分パンチかましたらもう全部解決じゃん。

ゲームは発売されたらどんどん図書館に入ります図書館に入ったら一生遊べますマジコン技術の応用で最新のパソコンで遊べるからゲーム機の経年劣化とかも心配ないです。

はい、もう無敵。

あとは予約待ちの列に並ぶだけ。

つーかダウンロードで貸出とかになったら予約待ちの概念さえないよね。

そもそも吸い出しってどのタイミングで行うんだろ?

ゲームが完全に市場から失われてからじゃ遅いけど、あんまり急いでやると図書館で借りればいいからで本当に誰もゲーム買わなくなるね。

発売と同時にアーカイブだけしておいて、毎年会社に「まだ販売予定がある(アーカイブ販売リメイク含む)からまだ貸出はだめだよ」ってPINGを飛ばさせて切れたら日本中にタダで配るとか?

図書館なのにお金取るわけないしなあ……。

ズボラ会社申請忘れて全部ただで配られちゃったりしそう。

あと気をつけない権利関係者がない人が勝手にアップして配ったりとかありえるよね(王ドロボウJINGみたいに)。

いやーこれ絶対ヤバイっしょ。

国会図書館みたいにとにかく積むだけ積みますスタイルで行くのかな?

でもそれって意味ある?

文献としての資料価値がある本と違ってゲームって単なる玩具で人が遊べないなら何の意味もなくない?

どういう立ち位置にしたいんだろ。

ゲームオタクのお部屋紹介で「世界中カセット全部集めたぜ。凄いだろ」のノリで遊びもしないゲームを溜め込んでニヤニヤするのかな?

そんなオタク道楽税金使わないでくれ~~~ラブひなの売上で一人でやってろよ。

おわりに

虚しい

2023-05-25

司書とかクソ雑魚じゃん(呆れ

国会図書館が見つけられなかった作品Twitterに聞いたところ1時間で見つかる

https://togetter.com/li/2152851



こんなんでイキってたのか・・・

2023-04-08

anond:20230407201107

いわゆる定価で本を入れ直すということができるのは出版社なり版元が刷ってくれてる本だけなんでね。

絶版本の収蔵は最大手として国会図書館がやってるし、地域史料の類の保全図書館押し付けられる事が多い。美術館博物館を持たない田舎だと尚更。

国外にもおしゃれ(建築美術価値の高い)図書館はそれなりにあるが、それなり以上の規模や役割(レファレンス等)を備えて利用者リテラシ担保が確保しやすいから成り立ってる。

自分新聞雑誌を買えなくて入り浸る人や、蔵書を利用するわけでもなく、ただ机のある場所として居座る学生はそういう意味では図書館利用者ではないのよ。

長らく叩かれたツタヤ図書館は名ばかり図書館で公金使って、指定管理者として業界に参入して無実の実績を元に定着を狙ったから。

図書館というのは世界中それなりに一定ルールの元に蔵書管理サービスが展開されるんだが、その作法放棄たから叩かれた。

anond:20230407201107

国会図書館とそれ以外とで違うけどさ

これからファミコン時代の売れなかったソフトや、

あっという間にサ終したソシャゲなんぞも電子図書館に収められたらいいね~みたいな話も政府の一部ではでてきてるから

そう考えれば重要性がわかるのではないだろうか

国会図書館系は人造アカシックレコードやで

 

で、そうでない図書館は基本プレイ無料部分

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