はてなキーワード: 資本家とは
ん? なんだかちょっと変な感じ。
つまり、個々の労働者は消費者としての側面があり、また資本家だけでなく他の労働者とも利害対立の関係にあるから、
赤の他人の労働者の権利が侵害されてようが、安く買い物できればいいってのが世の常だってこと?
一方、もとのエントリは、
労働者の権利を不当に侵害する風潮はよろしくないから、いち労働者としてお前らももっと怒れよってのをひとりごちたんだ。
2つのエントリの論の前提として、
一方は、個々の労働者と他の労働者や資本家との間では利害が対立しあうから、労働者というカテゴライズでの団結は不可能だと。
で、もう一方では、「万国の労働者よ団結せよ!」ってそこまで大げさじゃないけど、労働者同士の団結はできるんじゃないかなぁと。
ここらへんで食い違ってるから、なんとなくちぐはぐなトラバになったんじゃないかなぁ?
だからどうしたんだって話だけれども。
こういうことを言てるけど一体どうやって人数数えたんだろ。少なくとも自分の周りにはイタリアの落書き批判してる人は皆無。ネットでは落書きより経団連とか経営者のほうがよほど叩かれてるのをよく見かけると思うんだけどね。おそらく日本人衆愚批判したいがために見たいものばかり見てるんだろうけどね。
んー、巡回してる先で体感的に多いなぁと思っただけだから、これといったソースはないのよね。
で、ちょっと気になってみたからググってみた。
批判と擁護の比率まではさすがにわからんけど、
反響の多さや関心の高さじゃ落書きのほうが多いってことにならないかなぁ?
ダメならこんどは増田の所にも話を聞きに行くから、冷たい麦茶でも用意して待っててね☆
追記
あれ?ヤマダの記事のほうが多い?
僕の見てたネットは偽者だったみたいです。。。
なんでみんなこういうのに怒らないのかなぁ
労働が不当に安く買い叩かれる世の中なんてのは、
お前らにとっても住みにくいはずでしょうに
労働者であると同時に消費者だからだろ。ある商品を値上げするのは売る人にとっては得だが買う人にとっては損。逆もまた然り。自分が売ってる以外のあらゆる商品が値上がりしまくる社会なんて住みにくいのは最近大いに実感してることだと思うけど。日本人が売ることはあまりなく外国から買ってばかりの資源食糧の値上がりによって。
あと、どこでもやってることだから
ヤマダだけ不買ってのは意味がないってのもなんだかおかしな話なわけで
ニュースで晒されたところの不買の機運が高まるってことは、
違法行為を行うことに対してプレッシャーをかけられるってことだろ?
なら、晒し上げられたところを徹底的に叩くのは確実に是だよ
”不買された場合のリスク>人件費節約のメリット” の式が出来上がれば、
そういうことはできないわけで
山田の社員の給料がいくら上がろうがほかの業界には関係ない。むしろ消費者からすれば負担増。役人とか奥田や御手洗の給料がいくら上がろうと多くの人に関係ない(どころか税率アップ労働分配率低下で負担増)のと同じことと思うが。相手が経営者か末端の社員かに関係なく他人の賃金は他人のもの。赤の他人を得させるために働くほどお人よしは多くない。ましてや自分が買うものの値段を上げたがる馬鹿なんかまずいないでしょうに。
公務員のときも財源が税金であることをスルーして同じ労働者同士足の引っ張り合いはやめようとかいう的外れな事いう人いたけど本気なのか頭悪いのか判断できんよね。まあおそらく中の人によるプロパガンダじゃねえかと思ってしまうが。
個々の労働者にとっては公務員も経営者も自分以外の労働者も利害対立がある関係。
こういうことを言てるけど一体どうやって人数数えたんだろ。少なくとも自分の周りにはイタリアの落書き批判してる人は皆無。ネットでは落書きより経団連とか経営者のほうがよほど叩かれてるのをよく見かけると思うんだけどね。おそらく日本人衆愚批判したいがために見たいものばかり見てるんだろうけどね。
なんでみんなこういうのに怒らないのかなぁ
労働が不当に安く買い叩かれる世の中なんてのは、
お前らにとっても住みにくいはずでしょうに
あと、どこでもやってることだから
ヤマダだけ不買ってのは意味がないってのもなんだかおかしな話なわけで
ニュースで晒されたところの不買の機運が高まるってことは、
違法行為を行うことに対してプレッシャーをかけられるってことだろ?
なら、晒し上げられたところを徹底的に叩くのは確実に是だよ
”不買された場合のリスク>人件費節約のメリット” の式が出来上がれば、
そういうことはできないわけで
「日本経済の立て直しにおいて若者に富を配分するべき」という主張があって、
「そんなもん買ってる余裕ねーよ」と富の再分配に同調するわけだが。
ここで上記の理論にしたがって富の再分配として税金を引き上げる(この場合所得税なのかな?)と
「日本から資産家が逃げる」という話になり「やっぱりやめよう、むしろ物言わぬ庶民からとればいいや」→消費税引き上げという話になると理解している。
(もちろん日本の消費税が他の国の水準よりも低いという建前というか理由がある。その理由が物価などを加味した妥当なものかは知らない)
新しいビジネス始めるためにはタネ銭が必要で、資産家がそれに当たるから?
個人的には一番最初に言った通り富の集中が起きて、消費が冷え込んでいるなら
富が集中してしまう要因を除いてしまえば流動性が上がると思うんだよね。
いや、そうすると日本国内の総金額が減るのは間違いないんだけど、
もっと庶民の間で金を回せばいいだけな気もするし 市場原理に任せれば、
(まだ日本は技術大国なわけだし)目敏い資本家は日本市場に投資すると思うんだけどなー。
効率のよい投資先を日本に求める資本家なら多少税金が高くても日本にいるのが効率がいいと考えると思うんだけどなー。
って、経済学なんてほとんど知らないから基本的な用語の使い方間違ってるかもしれん。
273 名前: チチ(中部地方)[sage] 投稿日:2008/06/08(日) 02:54:44.89 ID:FI1lFiJy0
宅間さんは資本家という強者が庶民と言う弱者を虐げる社会的構図を、強い宅間さんが弱い子供を殺すことで表現してみせたのさw
いや??皮肉が利いてるよ宅間さんやってくれる!
608 名前: チチ(中部地方)[] 投稿日:2008/06/08(日) 23:55:32.46 ID:FI1lFiJy0
しっかし、宅間さんはとんでもない下衆だとするなら、その下衆に殺された餓鬼はゴミだな
いやゴミ以下と言えよう
もっと、宅間さんを貶めるが良いwここが宅間イズムの大切なところだ
どんなに見くびられようと、最後に金持ちの餓鬼を殺せば勝利者になれる
しかも、宅間いすとの英雄が、貧乏であるほど、金持ちに罵倒されればされるほどよい
まさに、宅間イズムは全てを逆転させる、魔法だ
263 名前: 慈 円(埼玉県)[] 投稿日:2008/06/08(日) 02:36:27.14 ID:+zHx402h0
庶民の生き血をすすって太った豚どもだ。
宅間様がお殺しになった人数を少ないと嘆いておられたが
金持ちの豚どもを見ていると痛いほどに宅間様のお気持ちが解る。
あの遺族どもにさらなる不幸が訪れる事を切に願う。
427 名前: チチ(中部地方)[sage] 投稿日:2008/06/08(日) 08:01:29.58 ID:FI1lFiJy0
ぷ、 分かってないな??WW
金持ちは底辺を自分と比べて見下すことで、自分の地位の高さを再確認する
宅間さんは底辺だが、金持ちの餓鬼を殺して自分以下にして見下すことで、相対的に自分の地位を高めた
強者の資本化が弱者の労働者を虐げると言う構造を、強者の宅間さんが弱者の餓鬼をぶっ殺すことであからさまにして見せたのさ
金持ちが常日頃やってることをなぞって見せたわけだ
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/news/1209051796/
【中国】AK47やレミントンを持った暴徒が繰り返しホテルを襲撃 香港資本家も撤退を決める
1 : Free Tibet!(しうまい) :2008/04/25(金) 00:43:16.26 ID:RecBNeOR0 ?BRZ(11600) 株主優待
汕尾市、暴徒が香港資本のホテルを銃撃 度重なるAK47を持っての包囲攻撃 香港商人も撤退を決める
広東省汕尾市の陸豊市甲子鎮では最近、暴徒らが公然と銃を片手にして
今週火曜日(22日)の早朝、香港商人の劉樹が投資している「甲子鎮金海大酒店」が、
発砲されたことにより営業ができなくなってしまった。
陸豊市に本籍を置く劉樹によると、今年1月のプレオープンの際にも、
数度にわたって武器を持った数百人の集団に包囲攻撃されたとのことで、
今ではもう資本の撤退を決めているという。
現地の治安状況は劣悪で、今年1月12日の白昼に発生した数百名による暴動では、
自動小銃AK47などの銃器、雷管、なた、三叉戟などの武器を手にして
政府の建物を襲撃したりする事件が発生している。
南方都市報によると、劉樹は05年に5,000万元を投資して金海大酒店を建設し、
今年1月3日にプレオープンしたが、数百名の暴徒に襲われて営業できなくなってしまったという。
それから3ヶ月あまりが経過し、「テロ事件」は再び発生した。
22日の午前3時半ころ、ヘルメットをかぶった2人の男がオートバイでホテルの玄関に乗りつけ、
レミントンを取り出してホテル外壁のガラスや柱に2発発砲し、停めてあった客の車にも発砲した。
この事件で負傷者はいなかったものの、ホテルは営業を停止せざるを得なくなってしまった。
現地の警察は2つの事件の後、捜査員を送り調査を行っているが、
劉樹は陸豊市の治安は悪いと語り、既に投資を引き上げることを決めようとしているという。
ホテルのスタッフも「あいつらはとても凶悪で残忍だ。なんでも出してきやがる」と話している。
http://www.mingpaonews.com/20080424/caa1.htm (中国語・繁体字)
★ 画像。
ttp://www.mingpaonews.com/20080424/_24CA001_.jpg (今年1月の暴動にて)
ttp://www.mingpaonews.com/20080424/_24CA007_.jpg (今年1月の暴動にて)
(出来ると考えているならば、かなりの楽天家か、自信家だと思いますが)
福沢翁がアジアの団結を断念した理由も分かる気がします。
組合が、政治活動にうつつを抜かしているうちに、組合員は離れていった。
組合が、平和活動にうつつを抜かしているうちに、組合員は離れていった。
組合が、人権問題にうつつをぬかしているうちに、組合員は離れていった。
そんな色々なことに手を出しているうちに、一般の組合員は
「なぜこんなことをしなければならないのか?」と混乱し
組合活動から離れていったわけです。
組合活動についてしっかり勉強し理解した方々は、これらの運動の意味も分かるでしょうが
日々仕事に終われ、時間に終われている一般人は、わざわざ理解することはないのです。
組合活動が盛んだった、経済成長していた、日々の生活が苦しかった
また、明らかに資本家に給料が搾取されていると感じられた頃は、まだ熱心に活動していたわけですが
そもそもが、もう満たされ、豊かになり、生活も十分出来る現状では
わざわざ組合活動に参加する方は、まれだ。
不況を超え、好景気になり、今若干落ち込んでいるものの、企業が儲けていた時に
何も勝ち取れなかった組合の弱さはひどいものだ。
トヨタが世界一の会社になったにも関わらず、若干は給料が上がったものの
「不況時に備えなければならない」とする当局に何も抵抗できない組合は無力だ。
組合が弱体したのは、この時に何も勝ち取れなかったからだ。
これらの取り組まなければならない大事なことを差し置いてでも
それだけをするべきだったのだ。
人はそれほど賢くもなれないし、努力はしないし、満たされれば満足するものだ。
こうして弱体したのだ。
またブクマコメにいろいろと、というのは最後にまとめるとして。
http://d.hatena.ne.jp/repon/20080306#1204807516
これのブクマコメには、「長すぎて読めない」といっぱい書かれています。でも、考えてみれば、どんなにペナペナで内容薄くて会話文ばかりでページの下半分は全部空白、みたいな「誰でも読める」ラノベでも、たいていこのエントリよりは長いわけです。よって、「読めない」のは長すぎるからではない。
このエントリが読めないのは、
・もともとの弾さんとreponさんのやりとりからすっかり乖離したメタな話になってしまっていること。
・メタな話だとしても、その中でも論理展開がメタメタであること。
からでしょう。ほめている人でさえ具体的な内容にほとんど触れてないのはその証拠。
順に見ていきましょう。
(1)「決断する」とはどういう事でしょうか?→「何らかの判断を主体的に行うことである」
ここに異論がある人は少ないと思います。
(2)決断は、本質的に論理性では解決できない「問い」から発する
→また「決断」を要する場面というのは、パズルのような論理的判断が下せる問題ではなく、
合理的な答えが複数あり、その中の一つを無根拠に選ばなければならないような事態に
あるような場面です。
これは「選ぶべき答えが明白なら、『決断』なんて不要だ。よって、『決断』とは、『無根拠に選ばなければならないような事態』にすることだ」ということでいいのかな。
ふつう決断といえば、成功の確率とか、成功した場合のリターン、失敗した場合のリスクを見積もってするもの(よって無根拠ではない)だと思うのですが、ここはとりあえず置いておきましょう(保留1)。
(3)ひとは「決断すること」を迫られる状況で、成長することがあります。「決断をすること」を迫られる状況が、教育的な効果を生み出すのです。
(パスカルの賭けってこんな意味じゃなかった気がするがなあ。)
→市場にも適用「その事業の成功の有無とは別に、その人は成長する」
これも、「そんな考え方もあるかな」というレベルでなら賛同できるでしょう。
(4)「決断すること」が有効なのは、「教育的な効果」を期待できるときだけ。
問題は上記、この部分の節のタイトルです。
まず命題として、『「決断すること」が有効なのは、「教育的な効果」を期待できるときだけ。』は明らかに偽です。工事現場で鉄骨が空から降ってきて、右によけるか左によけるか決断しなければ、教育効果云々以前に死んでしまいます。雪山で吹雪に閉じ込められて、決死の覚悟で下山することを選ぶかその場で助けを待つか、といったケースもそうでしょう。『「決断すること」が有効なのは、「教育的な効果」を期待できるときだけ。』というのは、まるで学校の授業のように、「誰かが教育目的で課題を出してくれている」ケースでしかありません。
と、誰が考えているのでしょうか? 日本の裁判員制度について言えば、少なくとも最高裁判所は直接にはそうは言っていないようです。
「陪審員制度が市民を成長させることがある」という命題が真だとしても、そこから「陪審員制度は市民を成長させるためにある」は導けません。
ていうかこういう発想自体、どこかに「教育目的で課題を設定する先生」がいるという前提に立っているのではないでしょうか。それは誰? 将軍様?
まして市場は、我々を成長させるためにあるわけじゃないでしょう。日本が現在資本主義的な経済を採っているのは、そうすると競争で生産性が上がるとか、あるいはそんなのは既得権益を得た資本家が政府を牛耳っているからだとか、いろいろ意見はあるでしょうが、「教育のため」と主張する人はまずいないと思います。
ところがreponさんは、
「市場は教育のためにある」→「教育の目的は二極化を目指したものではない」という二重の飛躍をやってのけ、『「負けた」ものを救う措置が必要』と主張します。
『「負けた」ものを救う措置が必要』という主張自体には異論はないんですよ(BIがよいかどうかは議論の余地がありますが)。でもここまでの議論からこの主張を持ってくるのには無理がある。むしろ「ベンチャーを立てるとか、いろいろ挑戦できた方が社会全体の利得が上がる。でもそれで失敗して人生終わりじゃ誰も挑戦できないから、セーフティネットは必要だよね」という主張の方が筋は通っているでしょう。もちろんこれは典型的なマッチョ理論ですが。
「この金は自分一人で稼いだカネだお前ら手を出すな」と品性なく喚く人間は、教育と言うことがどういう事なのかを理解できていないのかも知れません。
学校の授業のゲームで「子ども銀行券」を取り合っているのならそうかもしれないけど、「市場は教育のためにある」ことが証明できていないので、この文には意味がありません。
ていうかそれ以前に、『「この金は自分一人で稼いだカネだお前ら手を出すな」と品性なく喚く人間』って誰のことなんでしょう。弾さんもfromさんも、BI推進派です。
そして。
教育的効果を発する「決断」は、自分を「問われるもの」として「問う」者を想定し、自身が「問い」に応える立場に立つとき、はじめて成り立つのです。
まったくそのとおりです。これについてはまさに上で、『どこかに「教育目的で課題を設定する先生」がいるという前提に立っているのではないでしょうか』と書きました。
まったくそのとおりです。で、それって将軍様?
つまりね、全体主義的権力を想定して論を進めてきたのはreponさんの方であり、弾さんじゃないんですよ。
実際には、幸い日本には、「真の目的が教育的価値であるということを隠しながら裁判員や市場で市民を教育してやろう」と思うほどの有能な権力は存在しないようです。
学校を卒業したらそこはもはや学校ではなく、ゲームを仕切ってくれる先生はもういない。だからこそ、
・32歳あたりで自分を決めるべき
・そんな会社なら、やめたほうが良かったんじゃないの?
もちろん、このアドバイスが正しいかどうかはまったく別な話です。fromさんがここで書いてるようにいつまでも自分を決めないほうが気分よく生きられるのかもしれないし、あの時代、会社を辞めてたらもっとブラックな会社にしか就職できなかったかもしれません。そういうリスクやリターンを勘案して、どう行動すべきかを決めるのが「決断」でしょう。
さて、ここで上記の「保留1」に戻ります。
ふつう決断といえば、成功の確率とか、成功した場合のリターン、失敗した場合のリスクを見積もってするもの(よって無根拠ではない)だと思うのですが、ここはとりあえず置いておきましょう(保留1)。
reponさんによれば、
正しい方向を目指したから正しい方向に向かったのではなく、正しい方向と信じてその方向に向かい続けたからそれが正しくなるのです。その方向を目指したのが最初は単なる偶然に過ぎなかったのかもしれない、という事実を自身に隠蔽することで、「自分は正しい道を歩いているのだ」と信じ込むことが出来ます。
とのことですが、「最初は単なる偶然に過ぎなかったのかもしれない」という命題と、「すべて偶然だ」というのとはまったく別の話です。
だからさ、弾さんにしろfromさんにしろ「何も考えずにまず行動しろ」なんて言ってないってばよ。
この、まず行動する、という主体確立が最悪の形であらわれたのがファシズムでした。ファシズムの要求するものは、つねに行動の形式それ自体です。内容はどうでもいいのです。内容が空虚であるが故に、そこに向かって突き進むという形式を要求できるのです。
reponさんの文章には、
→ 市場は教育のためのものであるから、敗者は救われなければならない。
→ 空虚であるがゆえに、決断主義者はファシズムに突き進むのだ
という飛躍があります。(1), (2)ともに、最初の命題は真なのでしょう。でも次の「→」は論理的につながっていません。
こんな破綻した文章をブクマコメで賞賛している人は、ちょっと自分のリテラシを疑ったほうがいい。
あとは余談ですが、
でも、「問う主体」として想定されているdanさんが言えば
だれかが書いてたと思うんですけど、弾さんは将軍様じゃなくて軍曹さんでしょう。今の社会でたまたまうまくいった人が、ある程度成功の秘訣を知っていると想定するのはおかしくない。とはいえ、弾さんといえど人生は一度しか生きていないのですから、実は弾さんが現在の地位を得られた要因はほとんど運で、気付いてないのは当人だけ、という可能性も十分に考えられますが。
長くなったし引用も多いけど、reponさんのもとの文章よりかは読みやすいんじゃないかな。
というわけで今日のまとめ。
Marco11につける薬はない
以上。
ありゃ、ツリーの付けるところ間違えたんですが、これ、修正しても直らないんだっけ?
なんつーか、じじぇくよめとかけんとうはずれのこめんとがつきそうなよかん。いまのしゅだいはじじぇくじゃないっての。…というこめんとをいれておいたことをしょうめいするために、ぎょたくとっとこう。
考えなきゃいけないのは、「足の引っ張りあい」をやらせてるのは誰かってことだ。それで得してるのは誰かってことだ。
こういう陰謀論まがいのを見ると結局誰かを悪者に仕立て上げて憂さ晴らし使用としてるようにしか見えないんだよな。ユダヤ金融資本が悪いから倒そうとか言うナチスみたいな。だから勝ち組は自己責任否定論には反発せざるを得ない。ガス室に送られるのは自分になるかもしれないわけで。運がいいのはそうだろうけどだからといって運が悪いのを運がいい人のせいにされるのは困る。
個々人の価値観や利害なんかばらばらなのが当たり前なんだからやらせようとしなくても勝手に起こるもんだろうにね。
ねおりべや財界が労働者を分断してほくそ笑んでるみたいな感じのはよくあるが、そういってるやつが労働者と資本家、勝ち組と負け組みを分断しようとしてるようにしか見えない。