2023-01-19

指示を理解できない人にわかやすく指示しても無駄

言葉でも文章でも指示を理解できない人は一定数いる。

しかし、それは理解できない人が無能なわけではない。

たとえば銀行屋にプロスポーツ技術的な指示をお互いが理解できる日本語で行ったとする。

しか銀行屋はその指示をほとんど理解できない。これは銀行屋が能力的に劣っているからではない。

逆にプロスポーツ専門家であっても、銀行技術的な指示を理解できないだろう。

いろいろ理由はあるが、常識を共有できないというのも大きな理由の一つだ。

全ての要素を語り手が伝えることはできず、暗黙的な前提を読み手理解していなければならない。プロスポーツ専門家銀行屋は多くの場合専門分野における常識を共有してない。

と、このように極端な例えならば、みんなが腹落ちする。

でも、同僚なら常識を共有してると勘違いしてしまうのだ。

同じ時間をたくさん過ごしてるし、顔もよく合わせてる。だから常識を共有している、と勘違いしてしまう。

が、その前提が誤っている。

あなた取引先のA社の担当が甘いものが苦手なのはあなたにとって常識だ。しかし、そんなことはA社の担当ではない、あなたの同僚の常識ではないのだ。

もしも、あなたが何かを誰かにお願いする立場なら、受け手常識を想定し、その受け手理解できるようにお願いするべきである

これは特段難しいことではなく立場下の人間が、上の人間に行うときは多く常識として語られていることだ。

しかし、何故か上の人間はこの常識を紛失し、伝えるための努力放棄し、理解できない下々のせいにしていくのである

それは単純に上になればなるほど忙しくなるのと、権力勾配による忖度が期待できるからだ。

が、多様性を前提し背景が異なる人間が増えてくるとなると、そのドクトリン機能不全になってきつつある。

実際それで成果があげられなくなった不満として、「無能」「アスペルガー」「常識を知らない」と愚痴って負の感情を発散してるのだろう

自らの指示を理解できない人間に、細かく指示するのはあなた時間無駄である

常識を共有できる人間に取り替えてしまうのが早い。外注ガチャを引くとか、部下ガチャを引くのである

それができる立場にないならば、さっさとそれができる立場に移動することである

移動ができない、したくないならば、無能へ丹念に常識を共有していくことがよいだろう。

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