男性へのセクハラを笑いにすることが、男は強くあるべきというジェンダーの呪いに繋がるからもうやめよう。という趣旨の記事を読んだ。
概ね同意。
男の裸は笑いと数字が取れる、みたいな思想はもう滅んでどうぞ。
記事では、男を褒めるやつはホモか策士か、という人気漫画の表現にも言及して「策士という言葉には「男は他人を蹴落として競争に勝つべき」というジェンダー観が表れてる」と感想を述べていて、読むのを一旦やめた。
最近会った友人が「男は他人を蹴落として競争に勝つべき」と言っていた。
友人は元同僚で、彼女はとても優秀で、私がつい頭の中で作り上げてしまう憶測由来の前提を「どうしてその前提が生まれたんですか?」とまっすぐ指摘してくれる、信頼している人だ。
久々に会って、最近読んだ本の話をしてるときに、私は、ジェンダー関連の本が面白い、と熱く語った。
以前、女性の生きづらさについて共感しあったことがあったから、興味を持ってくれるかと思ったら彼女は、男には男の、女には女の生き方があって、男は他人を蹴飛ばして競争に勝つべきだと思う、と言った。
私は、女の生き方という型に当て嵌められたくないけど、彼女を否定したくなかったし、彼女も私に生き方を強要することはなかったから、
そういう価値観もある、と受け止めた。
多様性ってそういう、いわゆるステレオタイプを信じる人も認められる社会だろう。
影響力のあるマスメディアが、ステレオタイプの価値観を最も美しいもの・価値の高いものとして扱ったりそう見せたりする仕業には疑問を投げかけ続けたいけど、