中学二年生の夏、とある地方都市で小さな事件が起きた。少し動けば汗ばむくらいの日差しが降り注いでいて、移動のたびに頻繁に上着の脱ぎ着を繰り返していたので、自分の持ち物がどこにあるかという注意が散漫になっていたかもしれない。僕の財布が見当たらなかった。
僕たちは特に何をするわけでもなく、どこに行くわけでもなく、なんとなく公園で遊んでいた。公園といっても小中学校のグラウンド程度のものであり、8分に1回来る快速バスの停留所が隣接するような、比較的人の行き来のある公園だった。
僕は自分の財布が無くなったことに気づくや否や、自分の血の気がすっと引くのを感じた。しかし次の瞬間、僕はこれまでの行動を思い返していた。1時間前にスーパーに寄ってじゃがりこを買った。だから1時間前は財布を持っていたはずだ。これは間違いない。その後はーー
公園のバス停で友達3人でじゃがりこを分け合っていた。バッグからじゃがりこを取り出したまま、バックを閉めた記憶はなかった。周りに怪しい人はいなかったか・・・。一人だけいた。浮浪者の男が一人、隣のベンチに座っていたことを思い出した。
バス停の方に視線を移すと、先ほどと同じように男は座っていた。僕は少しだけ自分の血が煮えるような体温の上昇を感じた。走るでもなく、でも出来る限り早歩きで近づいて、僕はあえて男に尋ねた。
「すみません、ここら辺で財布の落とし物を見ませんでしたか。」
僕は人の顔色を読むのには昔から自信があった。だから僕はこの質問で8割は何らかの収穫が得られると思っていた。
「お兄ちゃん、財布落としちゃったの。一緒に探そうか」
彼はむしろ心配そうな顔をしてこう言った。この野郎、白々しい。どうせボロが出てくると思いながらとりあえずその臭い芝居に付き合うことにした。
しかし10分経っても財布が出てくることは無かった。浮浪者の男は警察に紛失届を出すことをすすめた。そのポケットの中、少し見てもいいですかという言葉が喉まで出かかるのを抑えて、押し殺した。とりあえず警察に行き、状況を説明しよう。何か動いてくれるかもしれない。
その公園から100mのところに交番があった。僕は経緯を全て説明し、紛失届を書いた。すぐに探してくれるでもない、警官のなんともにえきらない態度に僕の怒りは収まらない。
僕はじゃがりこと一緒に買った爽健美茶を飲もうと、バッグの奥に手を伸ばした。
財布があった。