進学で早々に家を出てしまったけど、同居の祖母には色々と世話になったので、過去に何度か医者に「いよいよ危ない」といわれた時には慌てて帰省していたけど毎回持ち直していたので「お前の顔が見たくてだ」なんて笑っていた。
最後は自宅で面倒を見ていた祖父と父に看取られて亡くなったそうだ。
人が死ぬってあっけないんだな。
虫の知らせもなかったし、夢枕に立つなんてこともなかった。
このご時世に大往生というには早いけどそれなりの歳だったはずなのに、社交的な祖母を偲んで集まってくれた同年代の祖母の友人たちはまだまだ矍鑠としていたので、ますます祖母が死んでしまったのが不思議に思う。(祖母より先に死んでる祖母の友人もたくさんいるんだろうけど)
家族の誰よりもいい笑顔で写っていたその写真を、藤色の着物を着たように加工してもらった。当時のデジタルデータが残っていたせいもあるのかわからないが1時間せずに出来上がったのにはびっくりした。
写真からいつもの笑い声が伝わってきそうだ、なんて弔問客からも評判が良かった。
祖父含め家族全員が身内で葬式を主宰するのが初めてで、いろんなどたばたがあって、今こうして帰宅するまで全然悲しむ余裕がなかった。
今になってもう会えないのか…と悲しくなってきた。
とはいえそう頻繁に会える距離でもないし、人の望み通りには生きられないし、都度都度悲しむしかないんだろうな。
母方の祖母からは「赤飯を買って食べろ」「これは嫁の実家のつとめだから」と千円札を握らされたのだけど、ちょっとボケ始めているせいもあってどういう謂れのある行為なのかがはっきりしない…
母親は「精進落としの赤飯は聞いたことあるけどそんな決まりは知らない」らしい。
そういう田舎の話ももっと聞けたら楽しかっただろうけど、もう遅いし、人生には限りがあるし、もっと優先したいことがある。
生きてても死んでもいろんなことがあるんだなー