父は子育てをしない人だった。オムツも替えたことがないと思う。だからずっと、「父に較べれば自分は遥かに子育てに参加している」と感じていたが、そう甘いもんでもなかった。
子育てを4年やってみて。子どもは宝。子どもは可愛い。最高。生きる源。子ども抜きの生活は想像できない。
一方で、妻のことはこの4年間で何度も疑った。「子どもさえいなければ離婚したい」などと思ったこともある。父親の自分がそんな風に考えるのだなと思った。でもそんな人は増えてくるのではないか。
とにかく不機嫌。何をやっても不機嫌。話し合っても、分かり合ったと思っても次の日には不機嫌。
最初のうちは仕方ないと思ってた。自分の貢献度が足らないのだろうと。そう思ったから、なんでもやった。
食事の用意
洗い物
保育園の送り迎え
買い物
「家事」として思いつくことはなんでもやった。「妻に何もさせない」を自分のスローガンにしていた。そうすることで、妻のあの頃の笑顔がまた見られるのならば。笑顔の絶えない家庭にしたい。その一心だった。
それでもひたすら不機嫌な妻。ある日我慢の限界を迎えた。「お前に文句を言う権利があるのか」。そう言った俺を妻は睨みつけて、家を出て行った(しばらくしたら帰ってきたが)。
自分の方が明らかに家事をこなしている。なのに否定され続ける理由が分からなかった。そのことを正直に話した。妻はまだ納得いかないという様子ではあったが、こちらの勢いに負けたのか、自分が悪かったと言ってくれた。
子どもたちも大きくなった。一番しんどい時期は過ぎたのだろうと思う。昔みたいに、「目を離した隙に死んでたらどうしよう」というような緊張感はなくなった。
それで自分の子育てを振り返ったら、どうも、子どもたちとの日々というよりは、妻との戦いの日々だったと気付いた。最近妻は落ち着いている。機嫌もいい。ただ、申し訳ないが、信用できない。また突然怒り出すのではないか。あの目で睨みつけられるのではないか。そんな風に妻のことを見てしまっている。
最近の妻を見る限り、女性は子どもを産むとホルモンバランスが崩れて機嫌が悪くなるとかいう説を信じたい。あの頃の妻は、自分でもどうしようもない状態だったのだと。そう信じ、また彼女を愛し続けたい。