2017-06-10

なぜころの私の答え

なぜころ問答2017 <http://anond.hatelabo.jp/20170610011500>

嫌いだった人が亡くなった。 <http://anond.hatelabo.jp/20170609200433>

なぜころの答え。そして、「なぜ自殺してはいけないのか」の答え。

それはあなた自殺する、人を殺すことによって、得られる「満足」と関係者にかかるストレスバランスがとれないから。

「嫌いだった人が~」が顕著だけど、嫌いな人、いなくても構わない人の死に対して増田は非常にストレスを抱えている。

他人なのに、一時期いっしょに仕事していただけの関係なのに、非常にストレスを抱え苦しんでいる。

そして「なぜころ問答」にあるように、縁もゆかりもない人が人が死ぬこと殺すことに心を痛める。

人はひとりで生まれることができないし、生きていくことができない。

そして生まれから死ぬまでの関係者全員がその人の死によってなんらかのストレスを抱えると予想できる。

それは事故病気などの不可避なものでもそうだ。

死によって多大な人に与えるストレスは全体の生産を下げ、地球を「悪く」する。ざっくりと「悪く」なる。

たとえば憎まれている独裁者が死んだことによって喜ぶ人が多いという場合もあるかもしれない。

でもそんな独裁者でも死を悼みストレスを抱える人はゼロではない

そもそもが測定のしようがないことだ。ただ、基本悲しむ人は多いだろう。漠然となんの根拠もなく言い切るが多いはずだ。

逆にいうと生きる目的とは自分死ぬことで悲しんでくれる人を増やすためともいえる。

その多大なストレス自分感情を満たすために生み出すのは愚の骨頂だ。

自分が死んだらみんな喜ぶから問題ない。あいつを殺しても悲しむ人はいいか問題ない。

というのは誤りであることがわかりますね。なぜなら上記のようにあなたを憎んでいる人も死によってストレスを持つから

そして逆に、自分死ぬことで困ればいいんだってのも間違い。想像が及ばないレベルで困る人がいる、想定していたターゲットだけにとどまらいから。

まり、「死ぬ(殺す)とは非常に思い上がった行為」ということです。

寿命まで生きて不可避の状態で死んでいくのが生きてきたからにはの使命なのです。

かなり命をかけて生きることが生まれてきたからには求められるのです。

宗教じみてますがそう思ったのでした。

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