誤解するやつは許せんと怒る人いるけど、人と人とが会話しているときに完全に相手に伝わるなんて現実には不可能なんだよ。心読めと言われて不快だとかいう愚痴り増田もあったけどさ。ちょっとした誤解、勘違い、解釈の間違い、なんと表現してもいいけど「言葉の意味を発言者の意図に100%合うわけではないように受け取ってしまった」なんて社会で生きてれば無茶苦茶よくあることなんだよ。それにいちいち怒ってる人は何なんだろうか。
とんでもないぶっ飛んだ曲解ならともかく、「ありがちな間違い」ぐらいのことで、重大犯罪を犯した人間かのようにあつかうのが当然だと思ってる人には認識を変えてもらいたい。「俺の発言を誤解したな、それは俺に悪意を持ってるからだ!」なんて、そんなにいちいち悪意を考えてないっての。「お前の解釈は違う!」と怒る気持ちはわかるけど、どう違うのか説明して終わりにすれば良いんであって、いちいち大問題にしようというのはおかしい。
受け取る側だけでなく、発信する側についても言える。言葉の意味を勘違いしていて不適切な言い方をしてしまうこともあるけど、それを見かけるたびいちいち重大以下略。
「的を得る」と書いたのに機械的に反射してお前は何たる愚かな人間なのだ!と罵るようなレベルの人には辟易する。的を射るが正式だから違うよ、と平和的にいえばいいだけの話じゃないのか。
そりゃまあわかってもらえなかったら傷つく。それは当然だけど。じゃあわかってもらえるように相手の質問に答えたりすればいいだけなのに、なにを無駄に好戦的になるんだろうか、と思う。こんなコミュ障の戯言も、どうせそういう人たちには「こいつ何もわかってないくせに増田に書きたててる大悪人だ」とか思われるんだろうけど。