2016-01-14

AKITA

その日は都内で初めての雪が降った夜だった。

すっかり日も沈み、長い一本道を凍えながら歩いているとふと路地入り口子供が泣いているのに気がついた。

さな体に不釣り合いなランドセルを背負ったままの少年だ。

誰かに気づいて欲しいのだろうか、道路側を向きつつ多少大げさとも言えるような激しさで泣いていた。

寒さに押される背中を、少年に重なる家で待つ5才の息子の笑顔が引き止める。

「どうした?どこかで転んだりしてけがでもしたか?痛いところはないか?」

少年はただ首を横に振るだけだった。

「なにか困ってるのか?おじさんが手伝おうか?」

おじさんと名乗るのに抵抗がないわけではなかったが、おにいさんと名乗るよりはましだった。

少年の泣き声に少しずつ言葉が混じり始めた。

どうやら父親が帰ってきていないことで家に入れないのだという。

こいつは厄介だ。わたしはすぐには離れられないことを悟った。

「近くに知り合いはいないのか?」「学校に一度戻ることはできないのか?」「父親に電話か、父親の電話番号を知るものはいないのか?」

どの質問にも少年はただ首を横に振るだけだった。

あいにくこの辺りを見渡せる位置にはコンビニ交番もない。

しかも雪が降った日の夜だ。このまま置いていくにはあまりに忍びなかった。

そこで妙案を思いついた。

寒いのだからかいものを買い与えればよいのだ。

そんな一筋の希望を照らすかのように、目の前には自動販売機が光っていた。

コーヒーばかりが並ぶホットドリンクの中からコンポタージュを発見するとすぐボタンを押した。

しかし遠慮深い少年はすぐには受け取ろうとしなかった。

これを渡して「あとは男の子から頑張れ!」と勇気づければ、今夜暖かい布団に入ることを誰にも咎められずに済むのだ。

しかし一向に少年は受け取ろうとしない。

作戦失敗か。」そう思い始めた頃、ふと少年路地の奥に目をやると一言をおいて突然駆けて行ってしまった。

その一言に、わたしはしばらくの間追うことも立ち去ることもできずに立ち尽くしていた。

確かにこう聞こえたのだ。

「あ き た」と。

路地の先に父親が”来た”のかどうかを確認する勇気もなく、持て余した缶のフタに手をかけると身を翻した。

から流れ出た液体は、そんなもので人の凍えた心を暖められるはずがないことを教えてくれようとしていた。

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