その日は都内で初めての雪が降った夜だった。
すっかり日も沈み、長い一本道を凍えながら歩いているとふと路地の入り口で子供が泣いているのに気がついた。
誰かに気づいて欲しいのだろうか、道路側を向きつつ多少大げさとも言えるような激しさで泣いていた。
寒さに押される背中を、少年に重なる家で待つ5才の息子の笑顔が引き止める。
「どうした?どこかで転んだりしてけがでもしたか?痛いところはないか?」
少年はただ首を横に振るだけだった。
「なにか困ってるのか?おじさんが手伝おうか?」
おじさんと名乗るのに抵抗がないわけではなかったが、おにいさんと名乗るよりはましだった。
どうやら父親が帰ってきていないことで家に入れないのだという。
こいつは厄介だ。わたしはすぐには離れられないことを悟った。
「近くに知り合いはいないのか?」「学校に一度戻ることはできないのか?」「父親に電話か、父親の電話番号を知るものはいないのか?」
しかも雪が降った日の夜だ。このまま置いていくにはあまりに忍びなかった。
そこで妙案を思いついた。
そんな一筋の希望を照らすかのように、目の前には自動販売機が光っていた。
コーヒーばかりが並ぶホットドリンクの中からコンポタージュを発見するとすぐボタンを押した。
これを渡して「あとは男の子だから頑張れ!」と勇気づければ、今夜暖かい布団に入ることを誰にも咎められずに済むのだ。
「作戦失敗か。」そう思い始めた頃、ふと少年が路地の奥に目をやると一言をおいて突然駆けて行ってしまった。
その一言に、わたしはしばらくの間追うことも立ち去ることもできずに立ち尽くしていた。
確かにこう聞こえたのだ。
「あ き た」と。