彼とは数年前、ネットを通じて知り合った。
彼が創り出すものが好きだったし、彼の思想に触れているのが心地よかった。
共通の趣味もあったし、わたしの知らない事をたくさん知っていて、好ましいとも思っていた。
だから、わたしから少しだけ近づいてみた。べつに、殊更女性としてのアピールだとかそういったことはしなかったけれど。
年に何回か、リアルで会った。
はじめて実際に会ってみた彼は、失望するようなものでもなく、それまでに抱いていた印象の範疇内の人であったと思う。
会う時はいつも2人で会っていたし、端から見れば付き合っているように見えるだろうな、とはいつもぼんやりと思っていた。
しかし彼も何も言ってこないし、わたしもこの距離感が心地よいと思っていた。
何度も彼と付き合うことや結婚することを妄想してみた。滅多にない男性との交友でわたしも舞い上がっていたし、
確かに彼のことが好きだったんだと思う。
しかし数年の友人としての付き合いを経て、彼のことをいろいろ知るに連れて、友人としては問題は無いが、
交際したい、男女としての好意ではないな、と自分の中で結論がついていた。
人間なのだから当然だが、いろいろと欠点というものも目についてくる。
身なりだとか食事作法だとか友人であれば目を瞑れるが、恋人となるとまったく話は別だ。
口に出す権利を得てしまえば、際限なく文句をつけてしまうだろうし、彼はそういったことを好まないだろうな、という気がした。
2人きりで会ってた時点でアウトなのかもしれないけれど。
ある日、ちょっとした勢いで彼から付き合おう、と打診を受けた。
もう無いと思っていた提案だったので、ひどく驚いた。
驚きと戸惑いが大きく、曖昧な返事をしてその日は別れた。
帰り道もそのことばかり考えていたが、まるきりうまく考えることができなかった。
その時はわたしもアルコールが回っていたし、かなり抵抗はあるものの考えようによっては悪く無い提案なのかもしれないとも思えた。
もののついでみたいに言われたもの腹が立つし、何よりも在り物で済ませました、という感じが気に入らなかった。
きちんとした場で言われていたらどうだったかというとそれはやはりNoだったろうな、とは思うけれど。
自分を変えなくとも、今のままで受け入れてくれる相手。
別に受け入れていたわけでもない。気になるところはあったけれど、口にするほどの仲でもないし、目を瞑っていただけの話だ。
わたしもかなり彼に気を使って振る舞っていたが、多分そういう事にも気づいていないだろうと思う。
どちらとも言えない、どこに行くかもわからないふわふわとした曖昧なところにいるのがとても心地よかったんだな、とその時になって気づいた。
だから、白黒つけられて明確な行き先を据えられたことに対しても怒りが沸いたのだと思う。我ながら理不尽な話である。
何度も何度も夢想したことが実際に起きたというのに、びっくりするほど嬉しくなかった。
でも、かつては憧れていたのだし。付き合ってみたら案外うまくいくものかもしれない。
彼と手を繋いだり抱き合ったりそれ以上のことを考えてみた。
無理だった。嫌だと思った。
これ以上友人としての付き合いが続くのだとしても、彼に「あわよくば」という思いがあるのなら、もう会うこともできないな、と思う。
友達と思っていたのに、もうこわくて一緒にいることができなくなってしまった。
結局何も始まらず、夢想だけで盛り上がって終わってしまったことがなによりも残念だ。