に同意。「診断名サイコパス」(ロバート・Dヘア、早川書房)にも、サイコパスはサイコパスとして生まれて生きて、治療方法はない書かれいたと記憶している。
同意するのは、サイコパスとして生まれて来たわけではないが「サイコパス化」した人がいること。
ブラック企業の類で従業員を使い潰してしまうやり方は、人間のこころから感情を消さなければできないのではないだろうか?
IT産業に携わると、システム全体の中の捨て駒、取替え可能な部品のような感覚が出来上がってしまう様にも思う。
私のバックグラウンドは統計物理学なので、教育の実践に関して、「学習モデル」が構築可能だなと思うことがある。
しかし、学習モデルに基づいた解析(シミュレーション)では、学生は積分変数(シミュレーションのコマ)に過ぎなくなってしまう。
和は現在、学生に対して「『個』のある存在」と見る立場であるが、それを損ないたくないので、その方向へ進んでいない。
完全にサイコパスの様式(例 血痰を吐いている人に「激務に耐えられるか」の耐用試験を行なう)だった人が、自分の数ヶ月に亘る入院の後に「こころ」を取り戻したというのも間近にしてる。