2015-06-03

遊びよりも楽しい仕事を見つけられなかった社会人必要ない

人類人口が極限まで増えていったら間違いなくそうなる。

今はまだ人間が圧倒的にダブついていないから遊ぶ金欲しさにイヤイヤ働いているような連中にも社会で居場所が有る。

しかしそういった人間は200年もしたら社会からはいなくなる。

彼らがどこに行くのかは分からない。

パンとサーカスインターネットオナホール無償提供されるニート楽園にゆるやかに隔離されるのか、自殺装置幸せ最後を迎えるのか、はたまたレーザー銃を片手にテロに勤しむのか。

それは僕なんかにはわからないが、少なくとも僕らが「社会」なんて呼んでいる「仕事場の集合体からはいなくなるだろう。

どっかのアニメに「やりたい事とやるべき事が一致した時!世界の声が聞こえる!キラッ☆」という台詞があったけど、実際やりたいと思ってやっている人間と嫌々やっている人間パフォーマンスには雲泥の差がある。

人間脳みそは何かを嫌々やっても長期的に良い結果を出せないようにできている。

適度なストレスが人の作業効率を~~なんて話もあるけど、そのストレスが「やりたくない」という気持ちによって生み出されているならば適度なんて分量はあっという間に突き抜けてしまう。

楽しんでやれる奴が最後には勝つように世の中出来てる。

口では嫌々でも実際は脳汁びちょ濡れな人間に、仕方なくやってる人間は勝てない。

そうしていつかの時代、その仕事をしている時間人生で一番楽しいって人間以外は「仕事場」に所属できなくなる時代がきっと来る。

まあ今の俺達には関係ない話だけど。

たださ、この話を読んでる最中確証バイアスでこの話を否定しそうになった、ないしは否定しちゃった人、一度自分人生を振り返ったほうがいいぜ。

やりたい事とやってる事の乖離がでかすぎた時に積み上がっていく人生負債ってのはそれはそれは恐ろしいからな。

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